(5完)登録の見通し

   説得力ある推薦書作成を


「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産候補
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産候補。世界遺産登録に向け、厳しい道のりは続く(写真はコラージュ)
世界遺産への道 課題編・教会群とキリスト教遺産

活発化する“指名争い” 政治力必要との声も

 世界遺産(文化遺産)登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」。県が当初の目標に掲げていた来年の登録は不可能になった。県は今後も国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会に提出する推薦書の策定作業を続けていくが、新たな目標年度は設定できていない。推薦書の完成時期が見通せない上、国内で暫定リスト入りしているほかの候補との“指名争い”も関係してくるからだ。昨年7月に始まった課題編の最終回となる今回はライバルの現状も踏まえながら、登録の見通しを探る。

 政府は昨年9月、来年の登録を目指す文化遺産候補として「平泉の文化遺産」(岩手県)の推薦を決めた。今年1月には世界遺産委員会に推薦書を提出。この結果、「長崎の教会群−」の登録は2012年以降になることが決まった。

▽少ない枠めぐり

 「長崎の教会群−」の登録に向けた今後の道筋は(1)推薦書作成(2)政府の推薦決定(3)世界遺産委員会への暫定の推薦書提出(4)正式の推薦書提出(5)国際記念物遺跡会議(イコモス)による調査(6)世界遺産委員会で登録の可否が決定−と続く。例年6月ごろ開かれる世界遺産委員会で審査を受けるためには、前年の2月1日までに正式の推薦書を提出しなければならない。つまり、現在考えられる最も早い12年の登録を目指すとすれば、推薦書作成、政府の推薦決定、正式の推薦書提出までを来年2月までに終わらせなければならない。

 県は現在、推薦書を作成中だが、すべての構成資産を国の文化財や重要文化的景観にする作業だけでも短期間では達成できないとみられ、12年の登録もかなり困難な情勢と言わざるを得ない。

 作業が進み、推薦書が完成したとしても、次に立ちはだかるのが政府の推薦決定。国内にあるほかの候補との競争にもなる。

 「長崎の教会群−」のほかに国内で暫定リスト入りしている文化遺産候補は「平泉の文化遺産」に加え▽古都鎌倉の寺院・神社ほか(神奈川県)▽彦根城(滋賀県)▽富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)▽富士山(静岡県・山梨県)▽飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群(奈良県)▽国立西洋美術館本館(東京都)▽北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群(北海道・青森県・岩手県・秋田県)▽九州・山口の近代化産業遺産群(福岡県・佐賀県・本県・熊本県・鹿児島県・山口県)▽宗像・沖ノ島と関連遺産群(福岡県)−の10件。一つの国が一つの年度で推薦できる候補は二つまでとなっており、世界遺産登録を目指す国内の各自治体は少ない枠をめぐって争うことになる。

暫定リスト入りしている国内候補(文化遺産)
世界遺産登録までの流れ

▽“落選”続き懸念

 近年、国内の候補に“落選”が続いていることも懸念材料。平泉の文化遺産は一昨年の世界遺産委員会で価値の証明が不十分として「登録延期」が決定。政府が再挑戦を決めたことで、ほかの候補の推薦は先送りされた。また、昨年“落選”した国立西洋美術館本館などを含む「ル・コルビュジエの建築と都市計画」についても、東京都は登録をあきらめておらず、再挑戦に向けて動きだす予定という。

 このほか、平泉の次の推薦を目指して動きを活発化させているのが鎌倉。登録を目指す神奈川県と鎌倉市など3市は昨年10月、文化庁に推薦を要請。世界遺産委員会に提出する推薦書作成に向けて、文化庁も加わった委員会を発足させた。鶴岡八幡宮など構成資産候補24カ所はすべて国の文化財や史跡に登録済みで、今月中にそれぞれの保存管理計画も完成予定。鎌倉市の担当者は「平泉の次に推薦してもらえるようにしたい」と意気込み、来年2月までの推薦書提出を目指している。静岡、山梨両県が登録を目指す富士山には経済界やマスコミなどを巻き込んだ支援組織「富士山を世界遺産にする国民会議」があり、会長を中曽根康弘元首相が務めている。

 県議会世界遺産登録推進特別委員会委員を2年務めた佐藤了県議は国内のライバルの動きを警戒し「政府に推薦してもらうために、今後は政治力も必要になる」と指摘。「本県選出の国会議員も巻き込みながら、働き掛けを強めていかなければいけない」と話す。

▽できるだけ早く

 さらに今後、国内での競争に勝ち、政府による推薦書提出にこぎ着けたとしても、登録数を抑制する傾向の中、登録は容易でなく、成し遂げるには説得力のある推薦書作成が求められる。県世界遺産登録室の嶋田孝弘室長は「県としては確実に登録できる準備をできるだけ早く進めるしかない」と早期の登録に意欲を見せている。

文・村田傑人


2010年3月27日長崎新聞掲載







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