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ユネスコへやっと船出 元島民・坂本道徳さん、活動実り、喜びひとしお

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端島での思い出などを語る坂本理事長=長崎市、「軍艦島を世界遺産にする会」事務局
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最盛期に五千人以上が生活し、炭鉱の島として日本の近代化を支えた長崎市高島町の端島(通称・軍艦島)。一九七四年の閉山に伴い無人となった島の栄枯は日本の石炭産業の歴史そのものだった。「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして暫定リスト記載が決まった二十六日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録の夢を描いてきた元島民の坂本道徳さん(54)=西彼長与町吉無田郷=は「やっとユネスコに向かう船に乗れた」と喜びをかみしめ、古里への思いを新たにした。
坂本さんが、炭鉱マンだった父親ら家族と福岡の筑豊から端島に移り住んだのは十二歳の時。埋め立てを繰り返した周囲約一・二キロの小さな島には大正時代に造られた日本初の高層鉄筋アパートが立ち、学校や病院、郵便局、商店、映画館、パチンコ店などがそろっていた。「島全体がコンクリートの固まり。驚きだった」。一般鉱員住宅には風呂はなく、共同浴場に行けばいつもたくさんの同級生がいた。互いが家族のような存在だった。
九九年、全国に散った同級生に声を掛け、閉山以来、二十五年ぶりに島に渡った。感動の上陸だったが、一方で朽ちていく古里の姿も目の当たりにした。「泣いている級友もいた。見るに忍びなかった」
個人で始めた活動は二〇〇三年、「軍艦島を世界遺産にする会」の発足にこぎ着けた。理事長として講演やシンポジウム、「軍艦島クルーズ」のガイドなどをこなす。「近代化を支えた歴史や現代社会に必要なコミュニティーがあったこと、岩にへばりつくように建てられた建築の工夫の文化などが軍艦島が未来に発信するメッセージ」と思う。
登録に向け課題は山積みだ。「今後、行政の手で(軍艦島を含めた各資産の)調査、研究がされるが、民間と一緒にやっていく態勢をつくってほしい。民間との連携がなければ地域に誇れる本物の世界遺産にはならない」と注文を付けた。
2008年9月27日長崎新聞掲載
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