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データ

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名称 日野江城跡


よみ ひのえじょうあと


所在地 南島原市北有馬町


保護の種別 国・史跡(1982年指定)


交通アクセス 南島原市役所から車で約15分。島原鉄道の北有馬下車、徒歩20分、車で5分


その他 散策自由


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島原半島を治めた有馬氏が、南北朝時代に築城。1200年ごろから1614年まで同氏の居城だった。本丸や二の丸、三の丸などで構成し、面積11・2ヘクタール。キリシタン大名、有馬晴信の時代には西洋文化が広がり、1580年、城下には安土とともに国内で初めてセミナリヨ(イエズス会の中等教育機関)が設立された。
ローマに渡った天正遣欧少年使節の4人は有馬のセミナリヨの1期生。当時、修道士を目指して国内外から集まった100人以上の少年たちがラテン語や西洋音楽、絵画などを学んだ。4少年が帰国した際には日野江城で盛大に報告会を開催したとされる。
1982年、国指定史跡。95年から発掘調査が始まり、豊臣秀吉政権の中でも重要な位置を占める城郭にだけ使用される「金箔(きんぱく)瓦」が出土。仏教の五輪塔などを敷き詰めた階段や、切り石を組み合わせた石垣遺構も姿を現した。南島原市教委によれば、この石垣遺構は外来系技法の可能性が高く、「日本の城郭で他に例がない」貴重な発見という。
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