
9日、長崎市で開かれた被爆65周年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典は、過去最多の32カ国の海外政府関係者が参加し、かつてなく国際色豊かな式典となった。
その中には、初めて参加した核保有国の英仏、核保有が確実視されているイスラエルの代表の姿もあった。それは、被爆地長崎から粘り強く続けられてきた核廃絶の訴えに、世界中の関心が高まり、もはや、核保有国といえども無視はできない時代が訪れたことを告げる光景であった。
また、日本の被爆者、平和団体と連携して活動している海外NGOのメンバーも多数、列席し、ともに核廃絶を誓った。特に海外の若者たちのはつらつとした姿が目立った。それもまた、長崎で地道に続けられてきた運動が、いつの間にか海外のさまざまな市民運動と深く手を取り合い、長崎がそうした運動の中心にあって巨大な推進力となっているという、実に喜ばしい事態の到来を告げていた。
原爆を投下された広島、長崎の悲劇は、人類全体にとっての悲劇であり、核兵器廃絶という広島、長崎の誓いは、人類全体の誓いであるべきだ。その当然の訴えが、今、世界中の人々に広く受け入れられつつある。そればかりか、世界の人々の反核の熱意が、被爆地市民を励ますようにもなっている。歴史は確実に前進していると言っていい。
これには、もちろん、オバマ米大統領が「核兵器のない世界」を唱えたことによって世界的に反核機運が醸成されたという背景がある。それは、言い換えれば、大統領の発言に、世界の人々の良心が呼応したということだ。実現不可能と思われている理想でも、その理想を達成するための具体的道筋さえ示されれば、世界の良心はいつでも立ち上がり、大きな力を発揮し始めることが確認できた。国境を超えて地球市民の立場に立つ人々は皆、広島、長崎の心を潜在的に共有しているということでもある。
その地球市民の力の結集が今こそ、必要だ。それは核廃絶には、核兵器禁止条約の締結が不可欠となるからだ。核拡散防止条約(NPT)は、あくまで核不拡散が目的であり、核保有国と非保有国との利害対立もはらんでいて、限界がある。やはり、核兵器禁止条約という新たな国際的な枠組みが必要になる。その実現は不可能だろうか。
いや、決して不可能ではないはずだ。なぜなら、人類は既に、地雷禁止条約、クラスター弾禁止条約という、2種類の非人道的兵器の禁止条約を立て続けに成立させているからだ。どちらも、最初は夢のような話とみられていた条約だが、市民団体が熱心に呼び掛け、それに世界中の地球市民が呼応し、ついには各国政府を動かして条約成立にこぎつけた。次は核兵器禁止条約の番である。それが不可能な理由は、もうない。
その偉業を成し遂げるためにも、長崎は常に世界中の市民に向かって訴え続け、連帯を求めていかなければならない。(高橋信雄)
(2010年8月10日長崎新聞掲載)
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