
国指定特別史跡・原の辻遺跡の出土品はじめ、弥生時代、古墳時代の豊富な歴史資料を一堂に展示し、わかりやすく解説する壱岐市立一支国(いきこく)博物館が14日、オープンする。
併設の調査研究機関、県埋蔵文化財センターも同時オープンし、県、市の施設が一体となって、歴史遺産の宝庫・壱岐を総合的に紹介する貴重な学術拠点になると期待されている。
また一支国は、3世紀、大陸と邪馬台国を結ぶルート上の重要な位置にあった。博物館は、古代史に関心を持ち、歴史のロマンにあこがれる観光客を壱岐に誘致できる魅力的な施設ともなりそうで、オープンを観光飛躍の契機にしたいとの期待も高まっている。
両施設は、そうした期待に応えられるだけの、素晴らしく充実した展示内容、研究体制を備えている。ぜひ、施設を十分に活用し、全国に誇ることのできる学術・観光振興の一大拠点へと発展させてほしい。
日本は弥生時代後期、中国は魏・蜀・呉の三国時代に当たる3世紀に書かれた魏志倭人伝に、朝鮮半島から対馬、壱岐を経て九州に入り、邪馬台国に至るルートが記録されており、対馬と壱岐が、当時、大陸との交流拠点であり、日本の玄関口として重要な役割を果たしていたことがわかる。
壱岐は一支国と記され、その王都の跡として特定されたのが、原の辻遺跡だ。長年にわたる発掘調査で、大規模な環濠(かんごう)集落や大型の船着き場などが整備され、「海の王都」として栄華を誇っていたことが判明している。刀剣類や装飾品、生活用品なども大量に出土しており、日本が統一国家形成へと向かい始める弥生時代後期の研究、そして当時の東アジア情勢の研究に、壱岐は絶好、不可欠の場所である。
古墳時代に入ると、壱岐には多数の古墳が造られた。「双六古墳」「笹塚古墳」など代表的古墳からは、金銅製亀形金具など貴重な装飾品が発見されており、約580点に上る出土品は国重要文化財に指定されている。古墳時代もまた、壱岐は繁栄の島であった。
その原の辻遺跡を眼下に臨む高台に建設されたのが、一支国博物館と県埋蔵文化財センター。両施設は一体の建物として造られ、鉄筋コンクリート地下1階、地上4階建てで、延べ床面積7800平方メートル。総事業費38億3千万円。
博物館には展示室、体験学習ゾーンなど最新機器を使った設備がそろい、入場者をロマンあふれる古代世界に誘う。屋上展望台から原の辻遺跡が一望できる。
修学旅行や古代史を訪ねる旅には、またとない素晴らしい施設が壱岐に登場する。有効に活用して観光客増を図り、壱岐の発展に結び付けてほしい。また、歴史をキーワードに壱岐、対馬、五島、本県本土を結ぶ壮大な観光商品開発にも取り組んではどうか。アイデアを出し合い、一支国博物館を、本県全体の観光振興の新拠点としても大いに活用したい。(高橋信雄)
(2010年3月13日長崎新聞掲載)
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