
国籍や居住地に関係なく被爆者を救済するという趣旨で制定された被爆者援護法があるにもかかわらず、旧厚生官僚の恣意(しい)的判断で不当に在外被爆者への援護の道が閉ざされてきた問題が、国に慰謝料を求めて長崎地裁に提訴した在韓被爆者と、国との間で19日、実質原告勝訴の和解が成立するという形で決着した。
遅きに失した解決だ。国の違法通達によって、援護を受ける権利のある在外被爆者が援護を受けられずにきた。和解は成立したが、官僚が犯した重大な罪が消えることは決してない。
問題の通達は、1974年に旧厚生省公衆衛生局長通達(402号通達)として全国都道府県に出された。援護法適用対象を「日本国内居住者に限定せよ」との指令で、以降、▽海外在住被爆者には、来日して申請しない限り被爆者健康手帳を交付しない▽日本国内で手帳を取得し、健康管理手当を受給していても、出国すれば直ちに手当支給を打ち切る−という非情な措置が取られてきた。
だが、そもそも、被爆者援護法には、援護対象を国籍や居住地で差別する条項はない。世界のどこにいても、日本政府が援護の手を差し伸べるというのが援護法の精神だ。その精神が、官僚の一片の通達によって踏みにじられてきた。
在外被爆者は次々と日本政府を相手取り訴訟を起こした。この結果、全国各地の裁判所が「被爆者はどこにいても被爆者」と認め、「通達は違法」と断罪した。それでも国は通達を撤廃しなかったが、2002年、大阪高裁が「違法」判決を出すに及んで、ついに03年、撤廃に追い込まれた。
さらに、違法通達で不利益を受けたとする在外被爆者の損害賠償請求に対し、最高裁は07年、国に1人当たり120万円の国家賠償を命じた。本来ならこの段階で、国は方針を改めるべきだったが、なおも、「提訴して裁判所が被爆者と認定すれば、賠償金を払う」と言い張った。「賠償を求めるなら、一人一人が日本で訴訟を起こせ」との難題を突きつけたのである。
こうして在外被爆者は「国に強いられた裁判」に踏み切らざるを得なくなった。韓国原爆被害者協会は08年、大規模集団訴訟を起こし、長崎、広島、大阪の3地裁に計2421人が提訴。うち長崎では第1〜4陣計856人が提訴した。
19日、長崎で和解に応じたのは1陣の127人。国が1人当たり110万円を支払う条件で和解した。集団訴訟の和解は大阪に次ぎ2番目。原告団は和解成立に安堵(あんど)の表情を見せながらも、「通達で受けた約30年に及ぶ苦しみは消えない」と無念を口にした。在外被爆者を苦しめ続けた国の罪の重さを、あらためて思わざるを得ない。
国は今回、和解金支払いは約束したが、謝罪の言葉は示さなかった。極めて遺憾だ。国が謝罪しない限り、真の決着とは言えない。今後は国会で、被爆者行政のゆがんだ歴史を徹底的に総括すべきだ。(高橋信雄)
(2010年1月22日長崎新聞掲載)
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