龍馬登る
 (2010年1月7日付)
 長崎市の金比羅山(標高366メートル)に初日の出登山をした。風のない穏やかな天気。残念ながら雲が多く、御来光は拝めなかった。だが、長崎の町並みや長崎港、大村湾の眺望が生気を与えてくれた▲金比羅登山を思い立ったのは龍馬を意識してのこと。四国は讃岐、香川県琴平町にある金刀比羅宮の末社。「四国だから彼も登ったはず」と勝手な解釈をした。中腹に拝殿と本殿、山頂に奥の院がある。果たして龍馬は御来光登山をしたか▲「完本 坂本龍馬日記」によると正月に掛かる来崎はないようだ。ただ、慶応3(1867)年1月17日、下関の伊藤助太夫に宛(あ)て「九日下の関を発ス。同十一日長崎港の口に来る。夫より私壱人上陸−」などと認(したた)めた書簡を出している▲11日来崎とすれば、江戸時代に善男善女が初春月に登っていた「七高山めぐり」に同行はできる。コースに金比羅山はもちろん、龍馬が興味を持ちそうな烽火山(標高426メートル)もある。異国船発見の狼煙(のろし)をあげていた山だ▲帰宅して清々(すがすが)しい気分で賀状を読んだ。「変化の激しい世相、年寄りには平穏を願うばかりです」「七十代半ばを過ぎました。残る年月を反戦・反核に−」との諸先輩の年頭の思いに、もうひと踏ん張りの元気がわいた▲龍馬は忙中、頻繁に手紙のやりとりをした。家族や志士とのきずなを確かめるように。手紙は、彼の日本近代化への情熱の源だったのかもしれない。(成)


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