〓蛄、春秋を知らず
(2008年5月13日付)
 「この字知ってるね」と同僚から問われた文字がある。「〓蛄」。恥ずかしいが見たことも聞いたこともない字である。電子辞書のキーをたたいてみた。読みは「けいこ」。意味は「夏セミ」。短命を意味し、「〓蛄は春秋を知らず」などと使う。吉田松陰の遺言書に出てくるという▲対句は「霊椿(れいちん)」。「漢字源」を見ると、霊椿なる字は見当たらない。椿の項に「太古にあったという巨大な木。長寿の木。転じて父にたとえる」の説明がある。ポトリと落ちる花のはかなさ、不吉さと違い、ツバキの木は堅さを特徴とする。その堅さが命の強さを表すのだろうと、合点した▲子どもを虐待死させたり、殺(あや)めたりする事件が後を絶たない。理由が何であろうと許されるものではない。それこそ春秋のすがしさも知らず、奪われる命。生命感あふれるこの季節に、心が冷え冷えとする▲幼い子にとってこの世の唯一のよすがである親にせっかんされ、命を奪われる恐怖はいかばかりか。迷子になったときの、親のいないあの心細ささえ、死に等しいくらいである▲1度だけわが子をたたいたことがある。ただ、たたいただけなのに、たたいてしまった嫌悪感が今も消えない。ツバキの木のように強い父にはなれないが、少なくとも優しい父ではありたいと思う▲だが、何をもってやさしさというのか。わが情愛など独り善がりであって、本当は、子の心親知らず、なのかもしれない。(雅)
【編注】〓は虫ヘンに恵の旧字体


|長崎新聞TOP|