1968年 2月ごろカネミ倉庫で米ぬか油製造中にPCB混入、再脱臭し西日本各地で販売。同月、同社のダーク油を配合した飼料でニワトリ大量死。10月にカネミ油症事件発覚
69年 福岡県の被害者がカネミ倉庫、カネカ(鐘淵化学工業)など提訴
70年 本県などの被害者が国、カネミ倉庫など提訴(全国統一1陣)。以降、2−5陣、油症福岡訴訟団などが順次提訴
84−85年 1陣の二審、3陣の一審両判決で国、カネカの賠償責任を認め、原告に仮払金が支払われる
86年 2陣二審で原告側が国、カネカに敗訴。裁判の流れが変わる
87年 第1陣が国に対する訴訟を取り下げ。以降、各原告団も随時取り下げる
97年 国が一斉に仮払金返還の調停申し立て
2004年 被害者が日弁連に人権救済申し立て。油症診断基準にダイオキシンの血中濃度追加
05年 カネミ油症五島市の会発足。同市で第1回PCB・ダイオキシンシンポジウム
06年 北九州市で全被害者集会。日弁連が国などに救済勧告。与党が通常国会、臨時国会に救済法案提出を目指したが見送りに
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