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長崎市在住の40代の女性は2005年、県から油症認定の通知を受け取った。少女期から40年近く苦しんできた体調不良。「生まれつき体が弱い」と自分に言い聞かせてきた歳月の長さと、「自分は油症」という事実にぼうぜんとした。 五島市の小離島育ち。母と親類が一升瓶の食用油を購入し、分け合って料理に使った。原因不明の症状が続発。歯茎が黒くなり体はだるく、すぐ風邪をひくようになった。中学で胃潰瘍(かいよう)に。重い肩凝りも続いた。 「島育ちだから夢は大きく抱いていた」。看護師、1等航海士、手芸店−。希望を胸に長崎市内の高校に進学したが、思考力が続かない。「心と体がバラバラだった」。朝礼ではすぐ卒倒。虚弱体質に悩み「生まれてこなければよかった」と祖母に漏らしたことも。夢はいつの間にかあきらめた。
診断基準にダイオキシン類の血中濃度が加わった04年の後の突然の認定。女性は「汚染油を食べ、いろんな症状があっても血中濃度の基準に合致しなければ油症ではないのか」と憤る。 認定が遅れたのは行政対応や認定制度の不備だ。だがカネミ倉庫は、新認定患者が長期間の未認定時代に自己負担した医療費を補償せず、一時金23万円と認定以降の医療費しか払わない。カネカは過去、裁判の旧原告ら患者に見舞金を払った経緯があるが、新認定には一切対応しようとしない。新認定患者に対する両社の冷酷な姿勢が際立つ。 「一生を狂わされた。カネミとカネカの社長にPCB汚染の油を食べさせたい」と女性。カネミ倉庫と係争中の新認定訴訟原告団長、古木武次(79)=五島市奈留町=は「カネカと旧原告は和解で一定決着したかもしれないが、新認定は全く関係していない。カネミ倉庫はもちろん、カネカに対しても新認定患者は損害賠償を請求する権利がある」と話す。(文中敬称略)
2009年12月10日長崎新聞掲載
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