私の中の毒物 カネミ油症発覚から41年
(2)
複合中毒
 人類が未経験の被害
 科学の進歩の下で犠牲に


 「猛毒のダイオキシンを食べさせられたとです」。五島市内の70代の女性は、こう告発する。油症発覚から36年後の2004年、油症認定制度の診断基準に、ポリ塩化ビフェニール(PCB)が熱変化したダイオキシン類ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の血中濃度が追加された。カネミ倉庫の汚染油のPCDF含有は1970年代には突き止められていたが、多くの患者には知らされず、基準見直しも大幅に遅れた。患者たちのショックは計り知れない。ダイオキシン類に変換するPCBとは何か。

 塩素ガスなどの化学兵器として開発が進んだ有機塩素系化合物は、自然界に存在せず、分解が難しいのが特徴。PCBは炭素、水素、塩素で構成され、塩素の数や位置で209の異性体が存在する。水に不溶、化学的に安定し不燃性、高い電気絶縁性などの性質を化学業界が着目。人体や環境への影響が不明確なまま世界的に大量生産された。

 「奇病」として油症が発覚した当時、しばらくは原因が分からず、やがてカネカ製PCBのカネミ倉庫製米ぬか油への混入が確認。PCB経口摂取の中毒症として世界に衝撃を与えた。脂溶性が高いため体内に入ると排出は容易ではない。塩素〓瘡(ざそう)、色素沈着、肝機能障害など、健康被害の研究は進んだ。

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PCBの血中濃度を調べるため油症患者の血液を濃縮する研究員=大村市、県環境保健研究センター
 しかし汚染油に、より毒性の強い複数の物質の混在が判明する。特に油症を引き起こす主役PCDFは、含有がPCBの約200分の1なのに強力な毒性を発揮。油症は、人類が経験したことのないPCB関連化合物の複合中毒だった。だが、それが人体にどんな異変をもたらすのか。いまだに分からないことが多い。

 大村市にある県環境保健研究センターの実験室。年1回の油症検診で採血された県内患者の血液は、ここに運び込まれ、厳重に管理される。血液を濃縮し血中のPCB濃度を解析。さらに200度で熱するなどして別の化学物質濃度も解析する。同センターの山之内公子専門研究員は「PCBの一部がPCDFなどに変化したことは、科学の進歩によって明らかにされてきた」と振り返る。

 大量生産されたPCBは、油症事件をきっかけに有毒性が明らかになり、製造中止に伴って環境汚染の拡大に歯止めがかかった。ほかの有機塩素系化合物の危険性にも警鐘を鳴らすことになった。しかし、正体不明の化学物質を摂取させられた患者自身は、「科学の進歩」という巨大な車輪の下で、まともな救済さえ受けることなく、犠牲を強いられてきたといえる。

【編注】〓はヤマイダレに挫のツクリ


2009年12月8日長崎新聞掲載


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