私の中の毒物 カネミ油症発覚から41年
(1)
PCB製造会社
 「当社には責任がない」
 国内で5万8787トン生産


 11月、東京都港区の六本木通り。五島市のカネミ油症患者、宿輪敏子(48)は、参議院議員会館で国会議員に患者救済を求めた後、カネカ(旧鐘淵化学工業)東京本社が入る高層ビルの近くに立ち寄った。

 過去、有機塩素系化合物のポリ塩化ビフェニール(PCB)を大量に製造販売したカネカ。同社ホームページによると現在、資本金約330億円、従業員は連結決算対象の関連会社も含め7千数百人。化成品、樹脂、発泡樹脂、合成繊維、医薬品、食品など幅広い分野の製造販売にかかわる大企業だ。

 「41年前、この会社が作ったPCBを食べさせられた。今もその毒物が私の体の中にある」。宿輪は高層ビルを見上げ、つぶやいた。

 PCBは1881年、ドイツで合成。米国スワン社が1929年に工業生産を開始し、国内ではカネカが54年から製造。感圧複写紙やトランス、コンデンサー、安定器、電化製品など幅広く用いられた。

 50〜70年代、時代は高度経済成長期。PCBは大量に生産、使用された。産業廃棄物処理事業振興財団(東京)によると、72年の製造中止までのPCB国内生産量は、三菱モンサント化成(69〜72年製造)の分を含め5万8787トン。輸入は1048トン、輸出は5318トンという。

写真
カネカ東京本社が入る高層ビルの前でPCBへの怒りを語る油症患者の宿輪さん=東京都港区
 カネミ油症事件は68年、カネミ倉庫(北九州市)の食用米ぬか油「カネミライスオイル」の製造過程で、熱媒体として使用していたカネカ製PCB「カネクロール400」が混入、その汚染油が西日本一帯で販売、消費されて発生した。本県では五島を中心に、県内各地で販売されたとみられる。

 カネカは、自社製品が混入した油症事件を、どうとらえているのか。東京本社広報室は、長崎新聞社の取材申し込みに対し「直接取材は受けない。思いのままに書かれることがある」とした。「自社製品(PCB)に関する取材を拒否することが大企業のあるべき姿勢ですか」(記者)。電話でのやりとりが続き、広報室は文書での回答を了承した。

 質問用紙を送付後、届いたファクス文書。同社のPCBの製造総量は「すでに製造・販売に関する記録が残っておりません」。油症のくだりでは、次のような言葉が計6回出てくる。「当社には責任がない」

   ◇   ◇   

 国内最大規模の食中毒事件、カネミ油症事件が発覚して41年が経過。油症患者は多種多様な症状に悩み、次世代被害を恐れている。一方、PCBは現在、廃棄物などの形で環境中に大量に存在。「国家事業」として無害化処理が進む。油症患者と、有害な化学物質PCBの今を見詰めた。

(文中、敬称略)

(報道部・山田貴己)


2009年12月7日長崎新聞掲載


TOP