救済の一歩
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支援者  佐藤禮子
  新たな手法国を動かす


 二〇〇一年十二月十一日、参議院決算委員会。厚生労働相の坂口力は明確に答弁した。「ダイオキシンが(油症の)主原因である以上、(診断基準を)即刻見直したい」。油症がダイオキシン被害であると、国が初めて認めた瞬間だった。

 委員会前、厚労省官僚が大臣室に答弁書を持ってきた。「油症の主原因はポリ塩化ビフェニール(PCB)」とある。坂口はかみついた。「これは違う。いくつもの論文に油症の原因はPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)と書いてある」。既に坂口は、油症の原因がダイオキシン類のPCDFだと確信していた。官僚も譲らない。「PCDFも原因の一つですが、主原因はPCBです」。論議は平行線。答弁は坂口の独断だった。

 この答弁がきっかけとなり〇四年、ようやくPCDFが診断基準に追加された。「官僚は自分たちの先輩が間違っていたとは決して認めない」。坂口は後に語っている。官僚の無謬(むびゅう)性が、油症被害者の救済を阻んでいた。

 PCB被害は、塩素にきびのような皮膚症状が特徴。これに対し、ダイオキシン被害は全身に影響を及ぼす猛毒性と高い体内蓄積性を持つ。

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「私と同世代の油症の女性たちが苦悩していた。人ごとではなかった」と語る佐藤禮子さん=東京、カネミ油症被害者支援センター
 「PCB主犯説で治療研究を続けても、油症の改善策は見つからない。国がダイオキシンを原因と認めれば、病態は広がりを持ち、被害者救済につながる」。「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワーク」代表の佐藤禮子(68)らは、公明党国会議員らを通じて、坂口にアプローチしていた。対立するだけでなく、一歩踏み込んで政治を取り込んでいく−市民運動の新たな手法が国を動かした。

 再び社会の関心を呼び起こす運動も必要だった。同ネットワークの石澤春美(62)は、奈留島の元漁師、矢口哲雄(83)を訪ね、患者会を結成するよう働き掛けた。

 重い健康被害に追い打ちをかける仮払金の返還請求。見捨てられた患者たちは社会へ不信を募らせ、孤立していた。患者同士が話をすることさえはばかられた。「今更何を」。矢口の腰は重かった。だが、石澤はあきらめない。何度も何度も矢口のもとを訪ねた。

 「何の利益もないのに、何度も東京から来てくれる。信じてみよう」。矢口はこつこつと患者の家を訪ね歩き、結束を呼び掛けた。「奈留島の会」を経て〇五年八月、玉之浦町の患者とともに「カネミ油症五島市の会」を設立。同市在住の認定患者約二百五十人のうち約百人が加入した(敬称略)


2007年6月4日長崎新聞掲載


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