苦悩の仮払金
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多額債務
  損害賠償未払いのまま


 「与党プロジェクトチームは仮払金債務の複雑な実態を本当に理解し救済策を練ってくれているのだろうか。なぜ、公明党が主張する相続免除案さえ合意できないのか」

 五島市の自営業の男性は感情を抑えて語る。

 乳児だった三十九年前、漁師の父と母が発症。自身は母乳で油症に。祖母も患者。頭痛、吐き気、目まい、吹き出物などに悩まされたという。

 屈強だった父は体力が一気に落ちて漁ができなくなり、吐血(とけつ)を繰り返しながら血眼になって仕事を探した。母はぜんそく発作が頻発するわが子を抱き、何度も島の大きな病院までタクシーで運んだ。

 男性は少年時代、油症の差別と偏見に耐えた。高卒後、島外で就職したが体がきつく、二十代前半でUターン。新しい仕事を見つけ結婚、子どもも生まれた。

原因企業のカネミ倉庫
原因企業のカネミ倉庫。反対側の門柱には「サラダ・ライス・オイル」の表札を掲げる=2006年4月、北九州市
 十年ほど前、農水省から仮払金返還の督促状が届いた。何のことか分からなかった。男性は両親と祖母とともに国などを訴えた元原告で、仮払金債務者だが、親から仮払金のことを聞いていなかったのだ。「家族全員が入退院と通院を続けていたのだから、仮払金はその費用と生活費に消えたはず」とみている。

 男性の仮払金債務は三百数十万円。月二万八千円の分割払いとなったが、やがて失業し返還の履行延期措置が適用された。

 返還請求に悩んでいた父親が亡くなり、男性は父の債務約四百万円と市内のへき地の土地を相続した。資産価値はほとんどない土地だが、先祖代々の墓があり、手放すわけにはいかなかった。

 昨年、祖母も死亡。四百万円ほどの債務を相続しようと考えている。親せきに迷惑を掛けられないからだ。そうなれば自身の分を含め三人分の債務計一千万円以上を抱えることになる。

 「多額債務でローンも組めず、銀行も資金を貸さない。自営業としては本当に厳しい。自分自身、仮払金など見たこともないのに」

 カネミ油症事件の原因企業、カネミ倉庫(北九州市)は、認定患者に一人当たり二十三万円ほどの見舞金を渡しただけ。認定患者の医療費負担分を支払う義務を負う同社が発行した油症受療券も、医療機関が限られるなど使用に伴うさまざまな制約がある。

 そもそも同社は裁判で決まった損害賠償金の大半を患者たちに支払っていない。東京の保田行雄弁護士の調べでは、被害者に対する同社の未払い損害賠償金の元本総額は七十二億三千三百万円。遅延損害金(三十七年間)を含めると二百六億一千四百万円になる。患者に支払えば、仮払金は返還できるのだ。

 公的救済制度もない油症被害者が国に仮払金返還を迫られ、家庭崩壊や自殺のふちに追い詰められる一方、原因企業は賠償金さえ払わず、油症の予兆を見逃した国の支援を受けて今も営業している理不尽な現実。

 「債務を相続免除にしないと問題は連鎖する。本当は、債務を全員免除し、既に返済した人には同額を戻し、仮払金債務全額をカネミ倉庫に請求してほしい」。男性はそう訴える。


2007年1月27日長崎新聞掲載


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