苦悩の仮払金
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ダーク油事件
  見過ごしにされた予兆


 与党PTが特例法案の臨時国会提出を見送った昨年末。五島市玉之浦町の集会所に地元の油症患者らが集まった。

 「救済問題は仮払金一つ取ってもなかなか思うようにいかない。この経緯と苦しみを世間や国の役人たちに分かってもらうのは本当に大変なことだ」。自らも仮払金を抱えるカネミ油症五島市の会の矢口哲雄会長(82)=同市奈留町=が語った。

 仮払金問題の経緯をたどれば、カネミ油症の「予兆」を生かせず、被害拡大を食い止められなかった国の責任を問うた裁判に突き当たる。

 カネミ倉庫(北九州市)は、食用米ぬか油製造の「脱臭工程」で、カネカ(鐘淵化学工業、大阪市)製ポリ塩化ビフェニール(PCB)を熱媒体として使用。ステンレス製蛇管が内部に設置された脱臭塔に食用油を満たし、蛇管内に二五〇度まで加熱したPCBを循環させて間接的に油を熱し、脱臭していた。

 有毒物質であるPCBが、大量に蛇管から食用油に混入したのは一九六八年一月末から二月上旬。混入に気付いたカネミ倉庫は汚染油を廃棄せず、正常油と混ぜて「再脱臭」。点検しないで出荷した。PCBの熱処理で生成された猛毒のダイオキシン類が混じった汚染油は二月以降、玉之浦町や奈留町、福岡県など西日本各地で販売された。

 同じころ、西日本の養鶏場で鶏約二百万羽が中毒症状となり、約四十万羽が死ぬ異常な事件があった。

矢口会長(中央)
油症事件の複雑な経過と被害者の苦しみが国などに十分伝わらないもどかしさを吐露する矢口会長(中央)=五島市玉之浦町
 全国統一訴訟二陣控訴審判決によると、農林省福岡肥飼料検査所は六八年三月、鶏の配合飼料にカネミ倉庫の食用油製造時の副産物「ダーク油」が使用されていることを把握し、原因と判断。工程の一部が共通する食用油にPCBが混入したことは知らないまま、飼料課長らはカネミ倉庫を立ち入り検査した。

 同社は「ダーク油は食用油と無関係。風味テスト担当者は生のまま飲んでいる。心配はいらない」などと強調。課長らは、食用油の安全性を追究する必要はないと考え、食品衛生担当の厚生省に通報しなかった。

 PCB混入直後、油症被害はまず鶏に予兆として現れていたのに、国は食用油の危険性を追及せず、販売停止措置などを取らなかった。消費者は、何も知らず汚染油で天ぷらや野菜いためを作り、体が破壊されるまで食べ続けた。被害が激化し、報道で油症事件が発覚したのはダーク油事件から八カ月後だった。

 「国がカネミ倉庫をよく調べて、食用油の危険性を発表していれば油症被害は最小限にとどまっていたはず。PCBの生産を規制もせず、毒油を売り放題にした過失責任が、国民を守るべき国家にはある。当然、裁判で問うた」。矢口会長は振り返る。


2007年1月24日長崎新聞掲載


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