県内のカネミ油症被害
 患者数いまだ見えず  購入者点在、連携阻む

 一九六八年に本県など西日本一帯を襲った国内最大の食品公害カネミ油症事件は、未認定患者の救済問題が一つの焦点となりつつある。特に、同じ汚染油を摂取した家族内でも認定、未認定に区分する厳しい診断基準が問題視され、二月には金子知事や被害者らが厚生労働省に基準見直しを要望した。一方で、同事件は未解明な部分が多く、何人が汚染油を摂取し健康被害を受けたのかなど、被害の規模さえ定かではない。国などは事件発覚から約一年間のデータを基に「発生当時、全国で約一万四千人が被害を届け出た」などとしているが、当時、汚染油の摂取を一年以上気付かなかった被害者は少なくない。想定される県内の被害の広がりなどを探った。(報道部・山田貴己)


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佐世保市内で油症被害を受けたという未認定患者の女性。「国は治療法の研究開発に本腰を入れてほしい」と訴える=福岡県内
 県は、六八−八二年の間にカネミ油の摂取を届け出た人数などを調査報告書にまとめている。それによると六八年当時、カネミ倉庫の食用米ぬか油は、下五島、長崎、佐世保、島原、壱岐など、対馬を除くほぼ県全域に流通していた。このため、事件発覚後、摂取届け出者も全域に及んだ。流通経路は、同社本社工場−大村など製油工場−県内各地の米穀卸会社−各地の小売店やスーパー、のケースが多い。

 ■混在して流通

 同社が、汚染油を製造出荷したのは六八年二月ごろ。同期間を含む一−四月の県内入荷量は約六万三千五百キロで、汚染油と通常の油が混在。うち長崎市内には、約一万九千五百五十キロが入り、諫早市や西彼杵郡でも売られた。販売時、一斗缶入り油などを一升瓶に小分けした際、他社の油と混ぜてカネミとは別名称のラベルを張ったケースもあり、被害の範囲は一層、見えにくい。

 ■届け出は3478人

 県内のカネミ油の摂取届け出者数は、六八年から翌年までの一年間で約千五百人だが、八二年までの届け出は三千四百七十八人に膨れ上がる。内訳は、五島市玉之浦千百三十七人、同奈留千百八十六人、長崎地区五百五十三人、佐世保、諫早、大村各市を含む「その他地区」六百二人。情報量が少なかった奈留では、千人以上が事件発覚から三年が経過して届け出た。

 現在の県内認定患者は七百七十九人(死亡者含む)。八二年までの摂取届け出者数との差は約二千七百人で、未認定患者が多く含まれると考えられる。認定患者は、六百九十六人が五島市に集中する一方、長崎市六十七人、長与町十一人、諫早市三人、佐世保市一人など、本土では計百人にも満たない。個別地区に被害が集中した五島市と違って、長崎市などは油を販売した小売店が各地にあり、購入者はさらに広く点在。被害者同士の連携が困難だったことが、認定患者が増えなかった一因とする指摘もある。

 ■県が実数調査

 県生活衛生課は本年度、油症検診受診者の過去のデータを整理し、未認定患者の実数把握につなげることにしている。摂取届け出者数をベースに、以前に油症検診を受診して未認定のままの人や、認定患者家族内で検診を受けていない人の数などを積み上げる考え。

 厚労省食品安全部企画情報課によると、本県のように発生から十数年間の摂取届け出者数などをまとめたデータは、ほかに見たことがないという。同課担当者は「全体的な被害としては発生から一年で約一万四千人が届け出た、としか言いようがない」と話す。

 ■全員の救済を

 汚染油で健康被害を受けながら油症とさえ認められていない未認定患者が、本県各地の片隅に数多くいるのではないか。また、その子どもたちは健康を害してはいないか。長崎市内の認定患者の女性は「本土は範囲が広い。いまさら探しても」と悲観的だが、カネミ油症被害者支援センター(東京)の石澤春美共同代表(64)は「個々が孤立し油症の秘匿を続け、あきらめている人がいるはず。油症に関する情報を行政やマスコミが積極的に発信することが必要」と指摘する。

 福岡県で未認定患者らの「カネミ油症・ダイオキシン汚染を止める会グリーン・アース」を結成した重本加名代代表(52)は「各地でかなりの人が汚染油を食べたはず。被害者全員が救済されるべきであり、長崎でも掘り起こしをしたい」と話す。



未認定者の苦悩
  「国は簡単に人を棄てる」 佐世保で発症の女性

 「この国は、私たち油症被害者を棄(す)てた。この国は人を簡単に棄てる」

 福岡県内の自宅で取材に応じた未認定の女性(69)。一九六八年、佐世保市内に住んでいて、カネミ倉庫の汚染油を購入したという。米原子力空母エンタープライズが佐世保に入港、抗議デモが続いた時代だった。

 当時、妊娠中だったので、地元店に米や油の配達を頼んだ。届いた一升瓶入り油に、有害化学物質が混ざっていた。コロッケやドーナツなど作り、二歳の長女は喜んで食べた。おなかの赤ちゃんは、妊娠五カ月で胎動が非常に激しくなり、同八カ月目で早産。

 「生まれた長男は左目は黒目がなく、肌は黒く、頭のこぶにはタール状のものが詰まっていた」。発達障害も負っていた。油症の特徴とされた吹き出物のような「〓瘡(ざそう)様皮疹」は、家族にはほとんど出なかったが、体力は衰え、女性は体の灼熱(しゃくねつ)感に苦しんだ。長男は下痢がひどく、皮膚はひどくかぶれた。

 知らずに油は使い続け、六九年二月に佐世保市から福岡県に転居後、次男が誕生。女性は歯科医から「歯が溶けている。薬物をやっていないか」と疑われ、長女は肌に色素が沈着して同級生から動物のあだ名でやゆされた。相談できる人はいなかった。

 女性は、油症を扱ったテレビニュースを一生懸命見た記憶はあるが「吹き出物はないから大丈夫」と自分に言い聞かせた。四十歳を過ぎて突然、胸から顔が黒くケロイド状にただれ「おばけのようになった」。長女は、二十代で胸の激痛と熱に苦しみ、髪の毛は真っ白に。病院に行っても原因は分からなかった。働いて得た収入は、すべて医療費に消えた。

 女性は、発症から三十四年後の二〇〇二年以降、油症検診を複数回受け、子どもらもそれぞれ一度受診したが未認定。有害物質の血中濃度が診断基準に達していないからという。

 「このきつさから逃れたい。早く治療法を開発してほしい。研究のためなら体を提供してもいいが、多くの研究者は認定患者しか診ない。国の実態調査でも未認定は除外された」。女性は、悔しそうに窓の外を見詰めた。

【編注】「〓瘡様皮疹」の〓は「ヤマイダレ」に「挫」の「ツクリ」



▼ことば/カネミ油症事件
 1968年、カネミ倉庫(北九州市)製食用米ぬか油の製造過程で、熱媒体として使用された鐘淵化学工業(現カネカ、大阪市)製ポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入。汚染油が販売されて発生した食中毒事件。摂取した多くの被害者は、皮膚や内臓の疾患、しびれ、骨の変形、がんなど原因不明の「全身病」に襲われ、次世代への影響も懸念されている。主因は、混入したPCBの熱処理で生成されたダイオキシン類、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)。油症認定されてもカネミ倉庫の貧弱な医療補償制度しかなく、被害者の本格救済は程遠い状況。認定患者は全国で約1900人(死亡者含む)。


2009年4月26日長崎新聞掲載


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