カネミ油症を追う

カネミ油症被害者救済法案 報道部・山田貴己

問われる政治家の手腕 党派超えた取り組み必須

写真
カネミ油症の大集会後の記者会見。苦難の人生を歩んできた被害者の一人は「救済法成立へ希望が膨らんでいます」と語った=1月24日、長崎市の長崎原爆資料館
 今国会で抜本的な被害者救済法案を提出、成立させようという動きがあるカネミ油症問題。だが、政権交代による変化や民主党の小沢一郎幹事長をめぐる政治資金問題などで国会は波乱含み。救済法案の行方にも不透明感が漂うが、被害者側の弁護士らは今後、国会議員らと協力して立法作業を進め3〜4月にも成案化、提出を目指したい考え。法案作成における課題などを探った。

■国の人権侵害

 カネミ油症新認定訴訟弁護団は先月、長崎市内で会議を開き、救済法案の柱となる救済給付と給付主体について▽医療費(自己負担分)と療養手当は国と都道府県▽救済給付金(生存被害者)と遺族弔慰金(死亡被害者の遺族)は国庫、カネミ倉庫、ポリ塩化ビフェニール(PCB)関連企業の拠出により創設する基金−などと整理した。

 現在、認定患者の医療費支給は、汚染油を製造販売したカネミ倉庫(北九州市)発行の油症受療券を受診時に提示し、医療機関が同社に請求するシステム。だが、実際には制度の周知が不徹底で病院が受療券を受け付けなかったり、患者が同社に直接請求しても症状によって支払いを拒否するなど、不備だらけの運用が続いている。さらに同社は、医療費負担を理由に多額の損害賠償金、和解金を一切、支払っていない。

 医療費や療養手当の公的負担のためには、油症事件における国の責任を明確化する必要がある。2006年に被害者の人権救済を国に勧告した日弁連の報告書では▽油症の予兆だったダーク油事件を油症被害の拡大防止につなげなかった作為義務違反▽適切な医療提供や健康維持、生活支援などを果たさなかった被害回復義務違反▽被害者に対する実効的な救済措置を取らなかった人権侵害性−などを国に対し指摘している。

 諫早市の認定患者、下田順子さんは「国は、カネミ倉庫が救済すべきとしながら、同社が責任を履行しない状況を放置し被害者を見捨ててきた」と批判する。

■基金で給付金

 国庫や関連企業などによる「基金」からの救済給付金支給は、石綿(アスベスト)健康被害救済基金などの例がある。有毒なPCBを製造販売したカネカ(大阪市)に責任の一部を転嫁したいカネミ倉庫の弁護士は、国による救済組織が確立すれば応分負担する考えを示している。一方、過去の裁判で製造物責任が問われたカネカは、原告側との和解交渉で同社に責任がないことを認めさせて見舞金を支払い済み。現在も「責任がない」としている。

 1972年まで大量生産されたPCBは、深刻な環境汚染を引き起こした。同年の国会で当時の大石武一環境庁長官は「長い間の無秩序で無意識的なPCBの使い方が各地にめちゃくちゃに散在されるような結果になった。どうしていいか分からない」などと答弁しており、汚染環境の修復が注目された。現在、PCB廃棄物の保管分は資本金全額政府出資の日本環境安全事業(JESCO)が無害化処理を進めている。カネカによると、PCB処理に関する資金拠出について、旧電気絶縁物処理協会に累計約2億円を拠出し、同協会解散後の残余資金は旧環境事業団、さらにJESCOに受け継がれたという。

 PCBの環境汚染には資金拠出などで責任を負いながら、人体汚染の企業責任を認めないカネカ。同社などPCB関連会社に被害者救済の基金へ資金拠出させるには、政治家の手腕が問われそうだ。

 給付金額の設定については、認定患者間で国やカネカの仮払金返還免除の有無、カネカの見舞金やカネミ倉庫の示談金の受領の有無などの差があり、公平性を保つかどうかも課題。

 「被害者にとって健康回復こそ望み」とするカネミ油症五島市の会の宿輪敏子事務局長は「個別補償に加え、被害集中地域への健康回復に関する支援金も必要ではないだろうか」と提案する。

■対象の範囲は

 弁護団がまとめた救済給付の対象者は「油症の被害者と認められる者」。現在の認定制度の診断基準は、皮膚症状などと化学物質の血中濃度を重視し、当てはまらない被害者を切り捨てている。認定患者世帯内で未認定の被害者は優先的に認めていくとしても、そのほかの未認定者をどのように「油症被害者」と認め、救済対象とするのか。

 民主党の犬塚直史参院議員らが野党時代に国会に提出、廃案となり、新法案のベースになる「ダイオキシン類に係る健康被害の救済に関する法律案」は、被害の申請に基づき認定する内容。本県の場合、68年の油症発覚以降に保健所などに申請された被害届のリストが保管されている。これを基に県は、全国初の未認定者対象の調査を進めており、約2千人をリストアップし、約1400人に調査票を発送。1月末までに約300人が返信してきている。県生活衛生課の阿部省三課長は「少なくとも300人は本県の未認定の届け出者。さらに把握を進める」と話す。救済法の流れをにらみ、救済対象者の情報を整理しておく構えだ。

 一方、他県が被害届のリストを保管しているかどうかは不明。20年前の裁判終結を機に資料が廃棄された可能性もあり、救済対象の確定は困難が予想される。次世代被害の取り扱いも焦点となるため、救済範囲は大枠の表現にとどめ、救済法を成立させた上で、未認定者対象の調査を実施し「認定のあり方」を検討するという手順も考えられる。

■深刻さの証明

 弁護団の保田行雄弁護士は、自公連立時代に抜本救済に踏み込めなかった理由として、裁判で国の法的責任が確定されなかったことなどを背景に、原因企業が被害者救済責任を負う汚染者負担の原則(PPP)を厚労省が頑強に主張した点を指摘。08年度に認定患者を対象に初めて実施された国の健康実態調査の分析で、油症被害が当初の予想を超えて深刻であることが証明されれば、同省の姿勢も変化するとみる。

 同省食品安全部企画情報課によると、調査結果は現在、研究者らで構成する「油症患者健康実態調査の解析に関する懇談会」が分析中で、3〜4月に公表する。同省担当者は「調査では頭からつま先まで自覚症状を聞いた。一定の集計結果が出るだろう」としている。

■「世論の力」で

 「法案を通すことが最大の使命であることを多くの議員が理解せねばならない。これに反対したら次の選挙はないよという形で世論を盛り上げてほしい」。1月24日に長崎市であった油症問題のナガサキ大集会。犬塚参院議員は、法案実現に向けて「世論の力」を強調。続いて司会の大久保貞利カネミ油症被害者支援センター共同代表は、国の仮払金返還免除特例法の成立(07年)に尽力した自民党の谷川弥一衆院議員の電報を読み上げた。「被害者の要望に応える救済策が一日も早く成立するよう正しい野党として与党を〓咤(しった)激励しながら救済策実現を後押ししていく」

 被害者たちの支持政党はさまざまで、集会における政治的バランスを一定取った形。集会冒頭では、藤原寿和実行委員長が超党派による救済法の推進を求めた。

 色素沈着の「黒い赤ちゃん」として生まれた未認定の男性は、政局に振り回されることなく、政治家が党派を超えて油症に真剣に向き合うことを願い、こう訴えた。「何としても救済法案の成立をしていただきたい。法案は私たちだけでなく、子どもたちの未来にも大きくかかわるのです」

【編注】〓は叱の異体字


2010年2月7日長崎新聞掲載


TOP