カネミ油症を追う

認定患者の下田さん名前公表 加害企業を糾弾

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カネミ油症患者救済を訴え、署名を呼び掛ける下田さん(中)と夫の浩二さん(右)、宿輪さんら=長崎市、鉄橋
 「毎日、心も体もずたずたになりながら苦しみの中で生きています」

 カネミ油症五島市の会が長崎市内で12日実施した署名活動に駆け付けた諫早市在住の主婦で認定患者、下田順子さん(47)は、顔と名前を初めて公にして苦悩を語り、罪を償わない加害企業のカネミ倉庫とカネカ、国を厳しく告発した。

 下田さんは、五島市奈留町出身。1968年、ダイオキシン類など有害化学物質が混ざったカネミ倉庫製米ぬか油を家庭料理で食べ、小学校入学後に鼻血、体中の吹き出物などに苦しみ、教室の床に幾度も倒れ込むなどした。家族も同様の症状で苦しんだ。吹き出物がつぶれて出るうみ、そのにおいで激しいいじめに遭い、思春期は特にふさぎ込んだ。古里を離れ、大人になっても原因不明のさまざまな症状で入退院を繰り返し、自殺しようとしたこともあった。

 下田さんは、きつい体を押して匿名で被害の証言活動をしたり、加害企業との直接交渉などに臨んできた。しかし、現在暮らしている県本土では油症事件が忘れ去られているように思えた。

 本土で罹患(りかん)した患者、五島市から本土に移り住んだ患者も大勢いる。下田さんは、汚染油を摂取した時に子どもや未成年で、今は40〜50代になっている同世代の患者が、もっと前に出て訴えていく必要性を痛感。7月から本土在住の認定、新認定、未認定患者の交流会も始めた。

 「救済がないまま重篤患者が、高齢者も次々に亡くなり、2世、3世の被害も続いている。このひどい現実を社会に伝えるため実名を明らかにしよう」。下田さんは差別や偏見の記憶、不安を乗り越えようと決意。夫の浩二さん(52)や子どもたちの励まし、応援が背中を押した。

 下田さんは浩二さんと一緒に街頭に立ち、マイクで道行く人に訴えた。

 「カネミ油症事件は終わっていません。事件発生から41年。私たちは救済を求め動き始めました」


2009年7月13日長崎新聞掲載


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