カネミ油症を追う

五島市が島離れた未認定患者実態調査 自覚ないまま原因不明の症状

写真
手のつめが変色している男性。認定を求めている=五島市玉之浦町
 1968年に起きた国内最大規模の食品公害カネミ油症事件で、五島市が昨年11月から未認定患者の実態調査を進め、長年にわたり油症の自覚がないまま原因不明の症状を抱えてきた人が見つかっている。近年まで岡山県に住み、油症の情報を得たり、検診の機会もなく半生を歩んできた夫婦のケースを報告する。

 「もう、はがれかかっとる」。玉之浦町の男性(66)は割れた中指を見詰め、つぶやいた。68年、同町にいた男性と妻(61)は、長女の出産準備で近くの妻の実家に数カ月滞在。そのときに妻の母、弟3人と商店が配達したカネミ油を天ぷらなどに使って食べた。現在、妻の母と弟3人は認定患者。男性と妻は未認定だ。

 すぐには発症せず、油症を気にしなかったという。夫婦は70年に男性の兄が働いていた岡山県に転居。男性は製鉄所で働き、妻も内職を続け、40年近く暮らした。仕事や子育てに追われ、男性は「油症を考えたことはなく、情報も耳に届かなかった」と振り返る。

 だが、岡山で男性にはつめの変色、指のけいれん、肩の湿疹(しっしん)などの症状が現れ、定年のころはめまいに襲われた。妻も倦怠(けんたい)感があり、最近はつめがはげ、耳に湿疹ができた。「何が原因?」。見当がつかなかった。

 男性は昨年、妻は今年、五島に帰郷。男性は妻の母の勧めで昨夏初めて、油症検診を受けた。結果、汚染油に含まれ、一般の人と油症患者の区別に有効とされるポリ塩化クアターフェニール(PCQ)の血中濃度値は、異常に高い0・11(通常値は0・02以下)だった。油症の主因でダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)の値もやや高い41・64(同30未満)。それでも経過観察とされ、認定に至らなかった。

 約40年たって男性と妻は油症に直面し、未認定に疑問を抱き始めた。2人は「家族で同じものを食べたのに。認定してほしい」と訴える。調査を担うメディカルソーシャルワーカーの谷尾恵子さん(45)は「原因が分からず、精神的負担は大きかったと思う。家族全体を支援したい」と話す。

 現在、認定患者は全国で約1900人。発生当初は約1万4000人が被害を届け出たとされる。が、夫婦は島を離れ、届け出もしていなかった。事件が起きた68年は高度経済成長期。玉之浦町郷土誌によると、同年から5年間で町の人口は約1200人減った。就職などで転出者が多かったとみられる。谷尾さんは夫婦の話を聞いて思う。「こうした人はほかにもいるのではないか」(五島支局・久保景吾)


2009年6月7日長崎新聞掲載


TOP