カネミ油症事件救済策の現在 5月・東京「公害・薬害・職業病」シンポより(報道部 山田貴己)

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下田教授(左から4人目)の報告でカネミ油症の被害者救済の立ち遅れに注目が集まったシンポジウム=東京、YMCAアジア青少年センター
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本県に被害者が多いカネミ油症事件は、汚染油を製造販売したカネミ倉庫(北九州市)による医療補償が不安定な上、原因物質ポリ塩化ビフェニール(PCB)を製造したカネカ(大阪市)や国も患者に対し、積極的には救済の手を差し伸べてこなかった。1968年の発症以来、重症者は既に死亡したり、生き延びても人に言えない心身の苦しみを抱えながら年齢を重ねてきた。当時の子どもらは40〜50代になり、自身の健康面とわが子への油症の影響に不安を抱えている。5月末、東京で取材した「公害・薬害・職業病」シンポジウムでは、油症がほかの公害事件などと比べても、救済面で著しく立ち遅れている状況があらためて浮かび上がった。
シンポでは、水俣病、サリドマイド、油症、大気汚染、アスベスト(石綿)の五つの事例について、認定制度や補償水準などを比較検討しながら、課題点などを取り上げた。各事例とも個別の問題を抱えているが、配布された比較一覧表は、油症の項だけ特に空白が目立った。「救済の制度、枠組みは何もない」。油症を担当した下田守下関市立大教授の報告に、会場は静まり返った。
◇不平等な実態
水俣病の場合、訴訟やチッソとの交渉を経て73年、1600万〜1800万円の慰謝料を含む補償協定が締結された。認定は公害健康被害補償法に基づく。サリドマイドは74年の和解確認書で賠償額は医療費を含み900万〜4000万円。大気汚染は同補償法、アスベストは労働者災害補償保険法か石綿健康被害救済法がある。
一方、油症は、裁判過程で派生した一部原告らの仮払金返還問題を解決する特例法(2007年)を除き、救済に関する法や協定などはない。カネミ倉庫が患者に支払うのは認定時の一時金22万円。過去の判決で確定した同社の損害賠償金や和解金(1人500万円)の債務は、医療費を誠実に支払うことなどを条件に原告が強制執行しない和解調書や念書が取り交わされており、経営難も理由に未払いのままだ。同社発行の油症受療券は、通用する医療機関が限られており、医療費支給は不平等な実態。また同社は、新認定患者が認定まで自己負担した多額の医療費を支払おうとしない。
食用油に混入してダイオキシン類に熱変化したPCBを製造したカネカは、訴訟を経て87年、「(カネカに対し)名目の如何(いかん)を問わず一切の請求、要求などをしない」ことを当時の患者に約束させ、300万円の見舞金を基準に和解。以降の新認定患者には、見舞金支払いを拒否している。下田教授は「ダイオキシンの影響が指摘され、04年には診断基準にも追加されたのに、なぜカネカは(救済の)枠の外にいつまでもいるのか」と疑問を呈する。
◇診断基準の壁
油症の認定には法的根拠がなく、全国油症治療研究班の診断基準に基づいて診査されている。ダイオキシン類の摂取は、人類にとって未知の経験。健康被害の現れ方は極めて多様だが、皮膚などの典型的な症状とダイオキシン類の血中濃度に主眼を置いた診断基準を満たされない未認定患者は却下されている。同一家族内でも認定か否かに線引きされている例が数多い。
シンポ前日、本県などの患者が、厚生労働省に救済の要望書を提出した際、99年に新認定された広島県の男性患者(67)が訴えた。「症状が出ても認定されない人がいる。私のように時間がたって発症することもある。診断基準は油症に合ってない」
厚労省は、油症の「科学的根拠」として血中に残存する化学物質の濃度を重視する。だが、汚染油の摂取から41年が経過し、化学物質が体外に排出されてきた人も多くいると想定される。血中濃度は、本当に科学的根拠と言えるのか。疑問の声も聞かれ始めた。
◇被害の広がり
油症被害の広がりについては、当時約1万4000人が届け出たとされるが、これは事件発覚から約1年間の集計で、実際はそれ以降も多くの人が新たに届け出て検診を受けた。下田教授によると、油の汚染と患者の被害について広範な調査をしなかった行政対応のまずさが尾を引いて、その後は油症の広がり、範囲の把握が非常に難しくなってしまったという。国は昨年度、ようやく実態調査を実施したが認定患者に限り、未認定患者は除外した。

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「吹き出物が顔に出ていないのがせめてもの救い」と語る広島県の新認定患者。足や手の甲もただれている=東京都内
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水俣病では95〜96年の政治決着で、未認定の1万人余りが解決一時金260万円を受領。一方、油症の未認定患者は完全に放置され、認定されてもメリットが少ないため、積極的に認定を求める状況にさえない。
◇患者らを黙殺
07年、与党カネミ油症問題対策プロジェクトチーム座長だった河村建夫自民党政調会長代理(当時)を取材した際、医療費の公的負担に関する質問に対し、こう答えた。「一義的には責任は原因企業にある」
だが、カネミ倉庫やカネカは、被害に見合った責任、責務を果たしてきたとは言い難い。そして国も、油症事件の“予兆”だったダーク油事件を事前に把握しながら油症被害の拡大防止に生かさず、過去の裁判で責任を問われた経緯があり、油症事件全体に無関係というわけではない。
シンポの基調講演で礒野弥生東京経済大現代法学部教授は、国について「被害者が個別交渉するまでもなく救済制度を設けるという責任、一般社会で生活していくことを可能にする福祉事業制度を構築していく責任がある」と指摘。「国は一義的な責任を負うべき原因者に責任を果たさせる義務と、被害者の生活救済義務がある」と整理した。
国は、原因者カネミ倉庫などに、責任を果たさせてこなかった。現状のままでは、カネミ倉庫が存続する限り、患者は和解金さえ受け取れず、同社のお粗末な医療補償に頼る以外にない。また国は長年、患者の治療費に充てる趣旨で、同社に年1億〜2億円の保管委託料を交付してきたが、その一部しか治療費として支出されず、結果的に国が同社の経営を支援してきた側面も指摘されている。
国は、一義的責任を負うカネミ倉庫を実質的に支え、国の責任や義務を回避する一種の隠れみのにして、患者たちを黙殺してきたようにも見える。だからこそ、患者たちからは幾度も「国に棄(す)てられた」というつぶやきが漏れてくるのではないか。
◇打開の手立て
経営難と和解調書などを盾に、償いを先送りし続けるカネミ倉庫を、国とこの社会は許してきた。打開の手立てはないのか。
例えば、未払いの賠償金や和解金などの総額を、国がカネミ倉庫に貸し付けて、新認定を含めて患者や遺族らへ支払わせ、同社が国に長期で分割返済するなどの手法があっていいはずだ。さらには、医療費を公的負担とするか、あるいは国が率先してカネミ倉庫やカネカなどに呼び掛けて基金をつくり、医療費の安定支給に加えて健康管理費にも対応してはどうか。
救済システムのない異常な事態は、発生から既に41年間も継続している。国がリーダーシップを執り、企業、患者、支援者らと知恵を出し合い、具体的に補償、救済の枠組みを構築する動きが求められている。
2009年6月7日長崎新聞掲載
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