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石木ダム建設問題
石木ダム計画を問う(3)=環境編=
東彼支局・中山雄一 報道部・豊竹健二
“涙の水”に揺らぐ古里
住民に変化強いた34年
石木ダムの水没予定地、東彼川棚町の岩屋郷川原(こうばる)地区。豊かな山林に囲まれた谷あいに位置し、夏には無数のホタルがやわらかな明滅を繰り返す。ダム計画が持ち上がって34年、工事は未着工のまま、移転対象者の8割が既に古里を後にし、現在は13世帯が暮らす。一帯に広がる深い山々や美しいせせらぎ、水田、畑、動植物にとどまらず、集落の歴史や住民の暮らし自体も、この地を形づくる「環境」ととらえ、あらためて見詰めてみた。
石木ダムの「団結小屋」。ばあちゃんたちが寄り合い、県市の動向に目を光らせつつ穏やかな時間を過ごしている=川棚町岩屋郷
◆小屋に集う
ダムの建設が予定されているのは川棚川の支流、石木川。虚空蔵(こくぞう)岳を望みながら、カーブが続く県道を上ると川原地区にたどり着く。スギやカシ、ハゼなどが生い茂る山林。水田跡には数百年前に築かれたという石垣。
目を引くのが、青いトタン造りの通称「団結小屋」。小屋の正面に据えた看板(縦1・5メートル、横1メートル)には、赤いペンキで「収用法は伝家の宝刀ではなく“鉈(なた)”である。返り血も浴びる」の文字。だが、そんな物々しい文言とは対照的に、小屋では生き字引ともいえる“ばあちゃん”たちが、穏やかな時間を過ごしている。
午前8時半。弁当を掲げた6人の常連が小屋に集まる。日曜祝日、町内の温浴施設に通う日以外はほぼ毎日集合し、4畳半のこたつの周りにそれぞれ陣取る。庭で取れた完熟のカキや駄菓子をつまみ、お茶をすする。テレビ番組、スーパーの特売、県知事選に至るまで話題は絶えない。知人が窓の外からのぞき込み、世間話に花を咲かせる。
団結小屋は本来、見張り小屋だ。1982年に県が機動隊を導入して実施した強制測量に対し、「抜き打ちでやられた」と怒った地元の青年たちが設置。女性陣がなかば自警団として集まるようになったという。
午前10時すぎ。窓の外に目をやった岩永サカエさん(69)が声を上げた。「県職の上りよるぞ。こっちばちらっと見ていった」。近くにある県石木ダム建設事務所の職員が車で通り過ぎたらしい。彼らが、ばあちゃんたちと言葉を交わすことはほとんどない。
常連の一人、松本マツさん(82)は終戦直後の46年、同川上流部に位置する木場郷から川原地区に嫁いだ。強制測量の話題になると「本当に怖か思いばした」と顔をこわばらせる。ダム計画が少しずつ進むにつれ、住民たちの暮らしは変化を強いられた。
県市が今月、土地の強制収用に道を開く事業認定を申請。今後の動向は気になるが、何より今の生活が続くことを願う。「お金は使ってしもうたら終わり。ここでの生活はお金には換えられんですよ」。この日常を続けたいという素朴な思いをにじませた。
小屋のテレビで昼のニュースを見て、弁当を食べ、そしてごろ寝。雨がポツポツ降りだした。「洗濯物ば取り込まんば」。午後からは畑仕事も待っている。
◆世代超えて
水没予定地に立つ川原公民館。入り口近くの記念碑には「公會堂建立 大正十年八月」と刻まれている。地域住民にとって大切な場所だが、老朽化が激しい。県によると、河川法で水没予定地内での改築には河川管理者(県)の許可が必要。隣接する石木、木場両郷が近年、県のダム関連予算などを充てて建て替えたが、川原公民館は手付かず状態だ。
この公民館で反対地権者は毎年3月、団結大会を開く。いまや会を取り仕切るのは、ばあちゃんたちの孫世代。マツさんの孫、好央さん(34)は石木ダム事業が国に採択された75年に生まれ、「反対運動が人生そのもの」と自嘲(じちょう)的に語る。
家屋移転対象の67戸のうち、2005年までに約80%の54戸が県と契約し移転。好央さんの近隣からも住宅が少しずつ消え、耕作放棄地も増え、風景は寂しくなった。
それでも、4人の子どもに恵まれた好央さんは05年、実家の隣地に自宅を新築することを決意。地区外に住む親せきからは「県から金もらって代替地に建てたほうがいい」と心配されたが、迷わなかった。「川原では他人の子でもわが子のように応援し、時にはしかる。地域には深いきずながある。古里で暮らし続け、子どもたちを育てたい」。新居で暮らしはじめて、故郷に対する愛情はさらに増した。
◆移転と残存
同地区の住民は、石木川に集まるホタルを呼び物に地域活性化を図ろうと、1988年から「ほたる祭り」を開催。住民の減少に伴い、規模をしだいに縮小せざるを得なかったが、その分、結束は一層深まっているという。反対地権者の一人、川原義人さん(69)も「13軒はもはや兄弟みたいなもの」と笑う。
その一方、「断腸の思いで移転を決断した。石木ダムで地域を再生してほしい」と早期完成を訴える人たちもいる。3年前に岩屋郷から移転した女性(62)は「県民も町民も、当事者以外にとってダムはしょせん人ごと。移転者はそれぞれに悩み苦しみ、いとしい古里を後にした。その気持ちは当事者でなければ分からない」と話す。
県、市が治水、利水の両面でダム計画を推進してきた過程は、ダムの是非はともかく、川原地区の先人たちが積み重ねてきた歴史や風土、住民のきずなや暮らし、純粋な郷土への愛着さえ揺るがしてきた。
女性は今も、水没予定地の外に残る畑に足しげく通う。だが、かつて家があった地の周囲は、セイタカアワダチソウが生い茂っている。「大好きな古里が荒れていく。でも私たちは帰りたくても帰れない。ダムの水は、涙の水」。女性がぽつりとつぶやいた。
ホタルの移植計画
実現性に疑問の声も
ダム建設と、今ある自然環境を保全するという行為は、本来両立しない。問題はその自然を壊してまでも造る必要があるかどうかだ。
石木ダム建設は水没予定地の生態系にも大きな影響を及ぼす。反対地権者は「里山の自然がはぐくんだ生物は壊滅的被害を受ける」と指摘する。ここでは、この地の生態系の代表例として、時季になると大勢の見物客が訪れ、住民側の反対運動のシンボル的存在になっているゲンジボタルへの影響を探ってみた。
ゲンジボタルは、県が昨年2月にまとめた石木ダムの環境影響評価書で保全対策が必要な「貴重な種」に認定されている。評価書に基づき「影響を受ける生物や植物は万全の対策を講じる」としている県は、ゲンジボタルについてはダムの事業区域外に移植する計画を持っている。今年5〜6月には移植の可能性を探るため、建設予定地周辺で個体数を3日間調査した。
調査地点は水没予定地や移植候補地に考えている水没予定地上流の木場郷、岩屋郷、下流の石木郷周辺。3回の平均値で見ると総数では約3160匹を確認。水没予定地内では半数以上の約1670匹がいた。木場郷では約690匹、岩屋郷上流では約450匹、石木郷では約350匹がいた(図参照)。
県は結果から、木場郷や岩屋郷上流への移植は「十分に可能」と判断。一般的に移植は人工的な水路を造り水没予定地内のホタルを移動させる方法などがあるが、石木ダム建設事務所の森永正則建設課長は「結果を見ると水路などは整備せずともいいかもしれない。具体策は専門家の意見を聞きながら考える」と話す。
これに対し、石木ダム建設絶対反対同盟の炭谷猛さんは移植計画に疑問を投げ掛ける。炭谷さんは以前、減っていたホタルを増やそうと川原地区で約2年かけてホタルの飼育を試みるなど、ホタルへの思い入れは人一倍強い。
炭谷さんは「多い場所には多いなりの、少ない場所には少ないなりの理由がある。県はそれを分かっていない。仮に移植したとしてもダムができることで生息環境もがらりと変わり定着するかどうかも分からない。人間の力でどうにかしようという感覚が間違いで人工的に取り繕った自然は自然ではない」と指摘。県の調査結果の通知に疑問を投げ掛ける声もあり、反対地権者を支援する住民団体メンバーの畑田三郎さんは「ホタルは実際は、もっと飛んでいる」と話す。
2009年11月15日長崎新聞掲載
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