諫干開門調査をめぐる動き・今後の展望

◎政権交代で賛成派活発に 反対派、主張の機会うかがう

諫早湾干拓事業の概要
 政権が交代し、国営諫早湾干拓事業の排水門開門調査に注目が集まっている。野党時代に開門調査を求める発言をしていた民主党の国会議員らが政府の要職に就任。開門賛成派は期待を膨らませ、実現に向けた取り組みに力を入れる。一方、反対の声がある本県は目立った動きが少ないものの、(反対を)主張する機会をうかがっている。賛成、反対双方の動きをまとめ、今後の行方を探る。(報道部・村田傑人、福岡支社・向井真樹)

 ◆民主党

 民主党佐賀県連は漁業不振の原因究明のため開門調査を求める姿勢で、2007年2月に公表した県版マニフェストで調査実現に向けた運動方針を明記。県連代表の原口一博衆院議員が選挙後の9月12日、国が進める環境影響評価(アセスメント)をしない調査実現を目指す考えを表明。総務相就任後の今月7日には古川康佐賀県知事に会い、開門を求める同県を支援する姿勢を示した。

 一方、長崎県連は2月の定期大会で開門しないことを前提に有明海再生を図る立場を確認済み。渡辺敏勝幹事長は「既に事業は完成し、潮受け堤防の治水効果が表れている。営農者も生計を立てており、開門すれば影響が出る」と理由を説明する。

 しかし、県議会最大会派の自民が開門反対の立場で設立を目指す議員協議会について、民主などの第二会派、改革21は不参加の意向を示している。分かりにくい対応の背景について、ある民主党県議は「隣県で一緒に取り組む課題もある。党内の対立を印象づけるようなことはしない方がいい」と話す。

 ◆自治体

 自治体からも開門をめぐる発言が目立つようになってきた。開門調査を求めている佐賀県は、古川知事が衆院選直後の9月3日の記者会見で新政権下での開門に期待を示し、臨時国会前の赤松広隆農相への面会を模索。同県議会も今月2日、「漁業と農業、防災を両立させ、一日も早い開門調査を実現すること」などを鳩山首相や赤松農相らに求める意見書を全会一致で可決し、県を挙げて開門を目指している。

 一方、開門反対の本県や諫早市の動きはこれから。国への要望日程は決まっていないが、諫早市議会は全34議員のうち民主を含む31人が先月29日、開門反対の会を結成。赤松農相や山田正彦農水副大臣(長崎3区)らに面会し地元の実情を訴えたい考えだ。

 ◆地元住民

 本県など有明海の漁業者も開門に向け、今月から福岡や佐賀など選出の国会議員や農水省への働き掛けを強化している。15日には舟山康江農水政務官に会い、アセスメントなしの開門を要望。15日明らかになった来年度予算案の概算要求にはアセスなしの開門調査につながる予算は盛り込まれなかったが、年末の予算編成に向け計上を要望し続ける考えだ。

 一方、諫早市内の住民団体などでつくる「諫早湾防災干拓事業推進連絡本部」は11月、2千人規模で開門反対の総決起大会を計画。中央への要請も模索するが、栗林英雄本部長(諫早商工会議所前会頭)は「どこにお願いに行けばいいのか分からない」と政権交代後の変化に戸惑いを見せる。

 ◆今後の行方

 山田副農相は8日の会見で「赤松大臣からは『地域のことなので地元の方で話し合いができないか』との話があった。開門をどうするかを政務三役で決めることはない」と発言。来年度予算案の概算要求では前政権時と同じ5億円が環境アセスメントの費用として計上され、従来の方針が踏襲された形だが、予算編成をにらみながら、賛成、反対双方の動きがさらに活発化しそうだ。




◎食糧難背景に構想

 国営諫早湾干拓事業は1952年、終戦直後の食糧難を背景にした長崎大干拓構想に始まり、長崎南部地域総合開発事業(南総)を経て86年、背後地の防災と農地造成という防災総合干拓として事業決定。92年に潮受け堤防と排水門に着工し、97年4月に「ギロチン」と呼ばれた潮受け堤防の閉め切りがあった。2001年8月には国営事業再評価(時のアセスメント)第三者委員会から事業見直し答申を受け、干拓規模を縮小。昨年3月に完成した。総事業費は2533億円。

 潮受け堤防は排水門が南北2カ所にあり、北部は200メートル、南部は50メートル。諫早市高来町と雲仙市吾妻町を結ぶ全長約8キロの農道として、07年12月に供用開始した。

 調整池の水位は通常、標高マイナス1メートルを保つこととしており、堤防外の水位が調整池の水位を下回っているときに排水門を開け、排出している。

 農地は中央干拓地と小江干拓地を合わせて計672万平方メートル。県が出資する県農業振興公社が国から取得し、営農者にリースする方式で昨年4月から営農を開始した。現在41戸の農家が化学農薬や化学肥料の使用を抑えた環境保全型農業を実践。バレイショ、タマネギ、麦などを栽培している。




◎開門の影響見解分かれる 2002年の短期調査

 潮受け堤防閉め切り後の2000年12月、有明海でノリの色落ち被害が発生し、福岡、佐賀の漁業者らの抗議が強まった。国は有明海ノリ不作等対策関係調査検討委(第三者委)からの提言を受け、調査を実施する方針を表明。県は06年度の事業完成を条件に受け入れた。

 調査は02年4月に開始。海水の導入と排水を約1カ月間行い、調整池や周辺海域の潮位、潮の流れを観測し、水質や生物の状況を調査。類似の干潟での調査データやコンピューターによる潮の流れの解析結果と組み合わせ、諫早湾干拓事業が周辺に及ぼす影響を調べた。

 調査期間は当初2カ月間程度とされたが、調整池の淡水化などに時間がかかり、12月に終了。農水省九州農政局は03年11月にまとめた調査報告で、潮受け堤防の閉め切りは「有明海全体にはほとんど影響を与えていない」と結論づけたが、漁業者らは「タイラギが生き残り、漁場回復の効果はあった」と主張している。

 04年5月、亀井善之農相(当時)は中・長期開門調査について「予期しない被害発生の恐れがあり、成果も明らかでない」と述べ、実施見送りを表明した。




◎賛成派、不漁の原因究明を 反対派は防災、営農に不安

諫早湾干拓事業の開門調査をめぐる意見  開門に対する賛成、反対双方の主な意見をあらためて整理する。

 反対の理由は主に防災機能の低下と、干拓地での営農に対する影響の2点。諫早市干拓室の徳永勲室長は、諫早湾が従来、有明海の土砂が集まる傾向があり、本明川にも堆積(たいせき)して市街地でも洪水を引き起こすことがあったと説明し、開門による防災機能低下を懸念。営農面では海水が入ることで農業用水として使えなくなる調整池の代替水源確保や、台風で海水が巻き上げられて農作物に降り掛かるなどの塩害に対する不安を挙げる。

 一方、賛成理由は有明海の漁業不振の原因究明や漁場の回復。諫早市小長井町の漁業者、松永秀則さん(56)は「潮受け堤防着工後にタイラギが取れなくなったのは干拓事業が百パーセント影響している」と主張。2002年の短期開門調査でも漁場は回復したとして「調整池に海水を入れれば、近辺の海域はすぐに回復するはず」と訴える。防災、営農面の対策を条件にした開門を提案し、「対立ではなく、共存の道を見いだしたい」と理解を求めている。




◎開門訴訟2件が係争中 国側との溝埋まらず

諫早湾干拓事業の経過  潮受け堤防排水門の常時開門を求める訴訟は福岡高裁と長崎地裁で計2件が係争中だ。原告は諫早湾を含む有明海沿岸漁民らで、被告は国。原告側は開門による「有明海の再生」を掲げ、民主政権の動向をにらみながら司法、政治の両面から切り崩しを図っている。

 これまでの法廷闘争で最も大きなヤマ場を迎えたのが、昨年6月の佐賀地裁判決。原告団が一連の訴訟のメーンと位置付けるこの裁判で当時の裁判長は諫早湾の漁業被害との因果関係を認め、排水門の5年間常時開放を命じた。被告の国は干拓営農や防災機能に影響が出るとして控訴。福岡高裁に判断を委ねる一方、開門調査の可否を判断するためアセスメント(環境影響評価)の実施を表明した。

 これを受け農水省はこの夏、▽開門当初から全開▽段階的開門▽限定的開門−の3ケースを想定したアセス方法書を公表。9月中旬にパブリックコメントを締め切った。2011年度中にアセスを終了し、開門調査の有無を判断するとしているが、地元の反発は根強い。

 一方、原告団は現状の手続きでは開門までに6年以上の期間を要するとして、アセスなしの早期開門を主張。控訴審では干拓営農や防災に支障が出ない開門方法を提案し具体的協議を迫るが、国側は一審同様、諫干事業との因果関係をあらためて否定。開門調査の必要性にも疑問を投げかけるなど、双方の溝は埋まっていない。

 長崎地裁では昨年4月、諫早湾内の漁業者の一部が初めて、国を相手に排水門の常時開門と損害賠償を求める訴訟を提起した。

 このほか、同事業で造成した農地の取得に公金を支出するのは違法として、県民有志が県に支出差し止めなどを求めた訴訟も、福岡高裁で係争中だ。

2009年10月17日長崎新聞掲載


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