諫早湾 閉め切りから5年

 国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防で同湾が閉め切られてから十四日で丸五年となる。昨シーズンの有明海のノリ不作に端を発した漁業者らによる工事阻止行動、これに伴う工事中断、造成農地を半減する事業見直し…。そして今、排水門の開放調査をめぐって大きなヤマ場を迎えている。月内にも調査に着手したい農水省は地元説得に全力を傾注しているが、地元の反発は強まるばかりだ。袋小路の中でさまざまな思惑を絡めながら「迷走」を続ける巨大公共事業。その決着点はまだ見えない。
2002年4月12日掲載

農水省
 原因調査も「窮余の一策」

 「武部大臣には引き継ぎの時、東工区の工事はやめてほしい、とはっきり言った。そして原因調査のため、まず開門してほしいと」

閉め切りから丸5年を迎える諫早湾干拓事業の潮受け堤防
 農相時代、有明海ノリ不作問題で諫早湾干拓事業の排水門開放に積極発言を重ね、今日の開門調査の流れに大きな影響を与えた谷津義男衆院議員。後任の武部勤農相に引き継いだ“懸案の中身”をこう明かす。

 同問題を受け、農水省は昨年三月、ノリ不作などの原因究明と対策を探る調査検討委員会(第三者委員会)を発足。並行して審議を進めていた九州農政局の国営事業再評価(時のアセス)第三者委員会は八月、「環境に配慮した事業見直し」を答申。これを受けて、武部農相は干拓事業の規模縮小を含む「抜本的見直し」を表明した。

 その後、同省は十月、東工区の造成を断念し事業を縮小する一方、排水門の常時開放は行わないなどとする見直し案を提示。本県側は中断した工事の本格再開などを条件に、見直し案の受け入れを余儀なくされた。

 ところが、ノリ不作の第三者委は十二月の第七回会合で、焦点の開門調査について、短期開放から段階的に数年の長期開放に進む調査手法を示し「開門はできるだけ長く大きいことが望ましい」とする見解をまとめ同省に提言。同省は、見直し案と第三者委の提言の矛盾、さらには開門を拒否する本県側と開門を要求する福岡など三県漁連側との意見の対立を抱え込む格好になった。

 同省が今年三月本県側に示した開門調査の方針は「四月から二カ月程度の短期調査」に加え、半年程度の開門にも含みを残すあいまいな内容。事業推進、反対両派の板挟みとなった同省の「窮余の一策」だった。

 谷津氏は「(農相当時)第三者委の提言は最大限尊重すると言った。二カ月では何も分からない。提言通り、中、長期の調査を実施し、原因を明らかにすべき。そうしなければいつまでも干拓事業は犯人扱いだ」と指摘する。

 今月九日の閣議後の記者会見で、武部農相は「四月中旬には開門調査を開始しなければならない。農水省が責任を持って実施すれば(地元が)それを見守ろうというまでの状況をつくり出すことが最低限必要」などと述べ、開門調査への決意をにじませた。

 同省は、ノリ不作の原因究明で開門は避けられないとの姿勢で、本県側とぎりぎりまで調整を続ける構えだ。



5年間の主な動き
1997・ 4・14潮受け堤防閉め切り
1999・ 9・21金子知事が事業完成が2000年度から06年度に延長される見通しを表明
2000・12 ・有明海でノリの色落ちの被害始まる
2001・ 1・ 1福岡、佐賀などのノリ漁業者が海上デモ
1・23谷津農相が開門調査に言及
2・24福岡県有明海漁連が干拓工事現場のゲートを封鎖
3・ 2谷津農相が排水門を開放する意向を表明
3・ 3有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(第三者委員会)が初会合。排水門開放の結論を先送り
3・11事業推進派住民が工事中断と排水門開放に反対する総決起大会
3・13第三者委員会が第2回会合。調査のための工事中断が必要と判断
3・27第三者委員会が第3回会合。防災工事などを条件に排水門開放による調査実施を谷津農相に提言
4・17第三者委員会が第4回会合。閉門調査に1年間必要との政府案を了承
8・24九州農政局の事業再評価(時のアセスメント)第三者委員会が環境に配慮した事業見直しを答申
8・28武部農相が事業を見直し、規模縮小する考えを表明
9・20第三者委員会が第6回会合。「ノリ不作は異常気象などが主な原因」などとする中間取りまとめ
10・30
,31
農水省が見直し案を地元説明。東工区の造成断念など規模縮小の一方、調整池の水位は標高マイナス1メートルを保つなど防災効果を維持する内容
12・12金子知事が県議会で見直し案受け入れを表明
12・19第三者委員会が第7回会合。開門調査について2カ月から半年、数年に段階的に進む手法を提言
2002・ 1・ 9農水省はノリ漁業者らの抗議行動の中、10カ月半ぶりに小江工区で工事再開
1・10九州農政局の諫早湾漁場調査委員会は諫干事業とタイラギ(二枚貝)不漁の因果関係について不明とする調査結果をまとめる
3・ 7農水省の宮腰政務官は4月から2カ月間の短期開門調査の方針を県に説明
3・10ノリ漁業者らが海上デモ
3・19宮腰政務官が諫早市などの地元自治体を個別訪問し、開門調査への協力要請
3・22宮腰政務官が再度県を訪れ、協力要請。県側は武部農相への6項目の要請書を提出
4・ 9武部農相が開門調査の地元説得で「ギリギリの努力をする」と発言

 事業存続の危ぐ抱え苦悩

 武部農相が、四月中の排水門開放調査実施に言及した今月九日、金子知事は県議会主要会派の代表を集め、県として今後どう対処していくべきかを相談した。知事が原案を示さず、白紙の状態で議会の意見を聞くのは極めて異例。袋小路に追い込まれ、困惑する様子がうかがえる。

 議会としても、事態打開の妙案があるわけではない。農水省の地元説明会を十一日に控えていることから、「まずは説明を聞くこと」と、当面は開放調査拒否を貫く方針を確認した。

 排水門開放調査をめぐる国と県の攻防は、しばしば立場が入れ替わる。今、県は守勢に立たされている。

 昨シーズンの有明海ノリ不作に伴う福岡、佐賀、熊本の三県漁連の抗議行動で、諫干事業は昨年二月から十カ月余り中断。県は昨年十二月、工事の再開を条件に農水省の事業縮小案に同意した。一方、三県漁連は開門調査実施を条件に工事現場でのピケを解き、今年一月、工事は再開した。だが、県があくまで開門調査を拒否すれば、再び三県漁連側の工事阻止行動に火を付けかねない状況だ。

 県には開門調査を容認できない理由がある。いったん短期調査を認めれば、なし崩し的に中長期の開門調査に進む恐れがあり、事業自体の存続が危うくなる。短期調査にしても、日量八百万トンの水が排水門を出入りするため、周辺漁場への影響が懸念される。農水省はこれらの点について、明確に回答していない。

 「二〇〇六年度の事業完成が確約されるなら、短期に限り開門調査を受け入れてもいいのではないか」との意見が、県議会の一部にはある。農水省は、短期調査に限ることについて三県漁連に打診したが理解を得られなかった。一方、事業にかかわる地元自治体も農水省への不信が先に立ち、開門調査反対の強硬姿勢を崩さない。

 短期の開門調査は、有明海異変の原因究明という本来の目的よりも、こう着状態を脱するための当面の策としての色彩が強い。それを承知で受け入れ新たな展開にかけるか、それとも従来の主張を曲げず時間が解決するのを待つか、県の方針決定はこれからだ。


反対派
 ノリ不作徹底究明の声も

 有明海沿岸の福岡、佐賀、熊本の三県漁連は今年一月、諫干事業中央干拓地(西工区)の工事再開について、排水門の早急な開放調査など六項目の条件付きでの容認を決定。農水省は三月、三県漁連関係者に対し短期調査を柱とする開門調査案を提示した。基本的に三県漁連は足並みをそろえ、農水省の動きを注視していく方針だ。

 だが現場の漁民レベルでは、長期の開門調査や工事中止を強硬に主張する動きが再燃している。先月十日、潮受け堤防北部排水門付近で実施された海上デモには本県を含む沿岸四県の若手漁業者ら約二千五百人(主催者発表)が参加した。

 デモ発起人の一人でノリ養殖業者、松藤文豪さん(45)=福岡県大牟田市=によると、潮受け堤防閉め切り以降、大牟田市や隣接町の漁場で毎年プランクトンが大量発生。ノリ不作が問題になった昨年、松藤さんの売上高は閉め切り前の豊作時に比べ五分の一に減った。「調整池内の汚れた水が赤潮の発生につながっている」という。

 それだけに、松藤さんをはじめ現場の漁民には、農水省に不作の原因を徹底究明してほしいとの思いが強い。「短期の開門調査だけでは海を汚すだけ。それを突破口に中、長期の開門調査を求めたい。調査結果が出るまで海に影響を与える水域部分の工事を実力で阻止する考えに変わりはない。私たちには死活問題で、来年以降豊作になる保証はない。今後も仲間たちと結束を固めていく」と松藤さんは主張する。

 一方、諫干事業の抜本見直しを求める諫早干潟緊急救済本部の山下八千代代表は「農水省は開門調査を利用して事業を推進しようとしている。潮受け堤防があるため潮流が変わり、有明海がだめになった。潮受け堤防をどうするかという議論が抜け落ちている」と指摘する。


地元推進派
 「漁と農地守る」固い決意

 「開門調査には絶対反対。その姿勢を示すため排水門の前に漁船を並べ調査できないようにする案も出た」。十日、諫早市内であった諫早湾干拓事業推進連絡本部評議員会。新宮隆喜・北高小長井町漁協組合長は、前夜開いた漁協役員会での協議を踏まえ同本部として開門反対に取り組むよう主張した。

 同本部は同湾沿岸の一市八町の町内会、漁協、農協などの各種団体で組織。十一日の農水省の説明会への対応などを協議するため、各団体の代表による評議員ら約四十人が集まった。

 潮受け堤防のすぐ外側に位置する小長井町。諫干事業が始まって以来、タイラギ(二枚貝)不漁などに悩まされてきた。堤防内の水位を一定に保つため調整池内の淡水が排出されているが、同町側に近い北部排水門は、同漁協の反発で昨年秋から閉じられたままだ。

 排水門から流れ出る排水で漁場が荒らされたと指摘する同漁協は何度も排水方法の改善を求めたが、具体的な改善策はいまだ示されていない。

 タイラギ不漁が続く中、多くの漁業者がアサリ生産で活路を見いだそうとしている。そのアサリ漁は今が最盛期。「調査のために小長井の漁業者にまた犠牲になれというのか」。新宮組合長は語気を強める。

 旧堤防の内側の背後地である森山町。諫干事業で干陸化した部分より低地に位置する農地が多く、地下水のくみ上げによる地盤沈下も進んでいる。旧堤防や排水ひ門の老朽化も目立つが、その対策は進んでいない。「今度は戦う。開門調査をさせないために実力行動も辞さない」。同町諫早湾干拓事業推進協議会の高橋徳男会長も覚悟を決めた。

 「短期調査なら事業推進のためにやむなし」との声も聞かれた地元だが、ここに来て「あくまで開門調査に反対すべき」とする声が日増しに強まっている。十日の諫干推進連絡本部評議員会では、「たとえ事業に遅れが出ても潮を入れさせない」との強硬意見も飛び出した。湾内の漁業者は「開門調査が強行されるなら、漁場を守るため常時開放を求める」とも言う。

 「一寸先は闇」。落としどころの見えない同事業の先行きを、諫早市の吉次邦夫市長がこんなふうに表現した。

諫早湾TOP