有明海異変特集  養殖ノリ被害
 諫干との関係は? 専門家、関係者に聞く
・被害の実態
・主原因は?
・排水門の開放について
・原因究明へ調査態勢





 有明海の養殖ノリが黄色く変色する「色落ち」が、ノリ生産漁業者の生活と将来に深刻な不安をもたらしている。記録的なノリ不作問題で、福岡、佐賀、熊本、長崎の沿岸四県のノリ養殖業者らの中からは「諫早湾干拓事業が不作の要因」と怒りの声が上がっている。一月二十八日には四県から漁船約千三百隻が北高高来町沿いにある北部排水門前の海上に集結、「干拓工事中止」や「排水門の常時開放」などを求めて抗議デモを繰り広げた。干拓事業を進める九州農政局は「干拓事業との因果関係は特定できない」としている。農水省の対策本部は、ノリ不作の原因究明のため有明海沿岸四県などと共同で総合調査を実施する。有明海の養殖ノリの被害要因と排水門開放について専門家や関係者らに意見を聞いた。
(ノリ問題取材班)

被害の実態

 全国のノリ出荷量の約四割を占める有明海。福岡、佐賀、熊本、長崎の沿岸四県の調べでは、養殖ノリの「色落ち」被害で最も深刻なのが福岡県。これまで五回の入札で販売額は前年同期比三五%。金額にして約八十三億円の減となっている。過去五年間の販売額は百五十―百八十億円台で推移しているが、「今期は例年の三割程度」(同県有明海漁連)と極端な落ち込みが予想されている。

 佐賀県の販売額は前年同期比七三%だが、ノリ養殖業者は約千三百戸と最も多く、販売額も約四十二億円の減と落ち込みの幅が大きい。熊本、長崎の販売額も前年同期比二―三割の減で厳しい状況。熊本では八代海でも被害が出ており、沿岸七漁協の販売額は同七二%にとどまっている。

 本県では南高瑞穂町から島原市三会まで二十八戸がノリ養殖に従事。昨秋、ノリ異物検出器など設備投資を借金で賄った漁業者は少なくなく、深刻な不作が生活を直撃している。

 ノリだけでなく有明海は十年ほど前から漁獲量自体が減っている。本県は漁船漁業が中心で、大多数の漁業者は被害が見えにくい「魚介類の減少」にあえぐ。長崎農林水産統計年報によると、一九九○年に有明海で約八千八百トンあった本県の総水揚げは年々減少。九九年は約三千二百トンまで落ち込んでいる。
TOPへ

主原因は?

 有明海の養殖ノリの今シーズンの被害では、植物プランクトンの大量発生が直接的原因とみられている。その背景には何があるのか。推測される原因について研究者や九州農政局諫早湾干拓事務所に聞いた。


 長崎大教育学部教授(水生生態学) 東幹夫氏

◆堤防閉め切りが拍車

 昨年秋からの異常気象がノリ不作の引き金になったとされるが、被害は有明海でしか報告されていない。今回の異変を気象変化だけで説明するのは難しい。

 筑後大ぜき、熊本新港の建設といった大規模開発などで近年、有明海の環境は悪化し、体力が疲弊していた。諫早湾干拓事業の潮受け堤防閉め切りが、こうした状況にとどめを刺したと言っていい。干潟を失ったことに加え、堤防ができたことで潮流や流速に悪影響を及ぼし、水質浄化機能の低下に拍車を掛けたと考えられる。

 われわれの調査で、諫早湾周辺海域における底生生物の平均個体数は、堤防閉め切り直後の一九九七年六月の数値に比べ、昨年六月で約七割減り、同十一月で八割以上も減少していることが分かった。事業を見直し、干潟を回復させないかぎり、今のままでは事態は悪くなるばかりだ。

 佐賀大農学部教授(浅海干潟環境学) 瀬口昌洋氏

◆環境悪化複合的に

 今回のノリ被害は、海域の富栄養化が過度に進行し、例年より早く大規模に植物プランクトンが発生した結果。富栄養化には、海奥部特有の閉鎖性による栄養塩類の蓄積、干潟消失に伴う有明海の自浄力低下、海の環境悪化などが複合的に関与していると考える。

 諫早湾干拓事業がノリ不作やタイラギなど魚介類被害の直接的原因であるかは、現時点では明確でない。しかし、事業による干潟の消失は生態系によって支えられた干潟の環境浄化機能を大きく損ない、有明海全体の自浄力を低下させたことは否定できない。

 今後は、海の過度の富栄養化などを防止するために、有明海の水質保全に関する法的規制が必要だ。予知対策として海の広域的環境モニタリングシステムの構築も不可欠。さらには観測データに基づく植物プランクトン発生予測システム確立が求められる。

 九州農政局諫早湾干拓事務所調査設計課長 横井績氏

◆影響は特定できず

 干拓事業に伴い、周辺海域でモニタリング調査を継続的に実施しているが、潮受け堤防の閉め切り前後で水質に明確な差異は認められず、ノリの被害について干拓事業の影響とは特定できないと考えている。

 調査では、湾央部と湾口部付近の計四カ所でCOD(化学的酸素要求量)や窒素、リンといった栄養塩などを月一回のペースで観測している。数値は経年的に見てほぼ横ばいだ。

 調整池の水位を保つため排水門のゲートを開け排水を行っているが、漁業者からの要望を踏まえ、なるべくこまめに排水している。現在一日一回のペース。

 堤防閉め切りで湾奥部の潮の流れは確かに低下しているが、湾口部に近づくにつれその度合いは小さくなっている。潮流の変化は環境アセスメントで予測した範囲内で、有明海の潮流に大きな変化は与えていないと考えている。


排水門の開放について

◆漁業者、県、自然保護団体が意見

諫早湾の干拓事業中止を求め、潮受け堤防の水門沖で海上デモをする漁船=28日午前、北高高来町地先
 有明海の養殖ノリ不作問題は、諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門の開放をめぐる論議にまで至っている。「常時開放すれば、狭い排水門からの急激な流れが潟を巻き上げ、周辺沿岸で魚介類が壊滅的な打撃を受ける」と主張する同湾沿岸の漁協関係者らの声がある一方で、有明海に面した近県の漁業者や自然保護団体などは開放によって干潟と海の再生を訴えている。排水門開放に対する意見を聞いた。

 佐賀県東部漁協青年部会長 田村和之氏

◆排水門すぐ開放を

 これまでノリの不作の年はあったが、これほどの凶作は初めてだ。収入は例年の半分ほどに落ち込んでいる。潮受け堤防閉め切り後のプランクトンの猛烈な増殖、潮位や潮流の変化をはじめ、湾口部に位置する佐賀県大浦漁協のタイラギの激減などを見ると、干拓事業が被害の第一原因と考えられる。

 海という“畑”が駄目なら来年も不作だ。われわれにとっては死活問題。排水門を今すぐ開放し、諫早湾の干潟を再生して有明海の浄化機能を回復するのが先決だ。正月に実施した海上デモの時、北部排水門付近で大量に増殖したプランクトンを見たが、まさに死の海だった。このままでは有明海そのものが死の海になるのではないか。四県漁業者の海上抗議デモで明らかなように、沿岸漁民の目は干拓事業に向いている。排水門が開放されるまで抗議行動を続ける。

 南高国見町神代漁協組合長 田村正孝氏

◆“開放”納得できぬ

 排水門を常時開放した場合、狭い水門からの急激な流れが潟を巻き上げ、諫早湾内はもちろん島原沖まで達する恐れがある。そうなると、周辺の沿岸ではアサリやタイラギなど魚介類が壊滅的な状況になるだろう。こういった漁業被害は予測ではなく、現実に起きると考えている。

 排水門開放を主張している県外の漁業者や政治家らは地元の事情を把握できていない。これまで湾内でも赤潮被害などが実際に起きているので、漁業影響調査は徹底的に行うべきだし、歓迎している。

 しかし(排水門を開放していない)現状で被害が起きているのだから、現状のままで調査すればいいのではないか。排水門を開けた調査もあり得るという農相の発言は納得できない。

 組合の内部では排水門が開放されるのなら実力でも阻止しようという意見も出ている。

 長崎県農林部長 白浜重晴氏

◆常時開放は弊害に

 一口に「排水門の開放」と言っても、常時開放なのか、そうではないのか、排水門を開けるタイミングはいつなのか、などの点で国の姿勢はまだ明確に定まっていない部分があり、農相も現時点では明言されていない。

 仮に排水門を常時開放する場合、潮の干満のたびに調整池への水の流れ込みと流れ出しが狭い水門に集中して繰り返されることになる。堤防周辺の水質の悪化や漁場の荒廃、防災効果の低下などの弊害が見込まれ、これらへの対策が必要になる。もちろん国もこうした弊害については認識しているはずなので、その上で判断されると思うが、県としても弊害への対策をお願いしていくことになる。

 原因の徹底究明が最優先されるべき課題であり、国の決定には従うという県の基本的な立場は変わらない。専門家会議の論議、検討を見守りたい。

 諫早干潟緊急救済本部代表 山下八千代氏

◆排水門増や拡張を

 私たちがかねてから心配していた諫早湾干拓事業に伴う沿岸漁業の被害が現実のものとなってしまった。多くの生命をはぐくみ、「有明海の子宮」と呼ばれてきた諫早湾が危機的状況にある。

 潮受け堤防閉め切り後、諫早湾周辺の潮流は変化し、流速も弱まった。事業を見直し、干潟を取り戻すしか有明海再生の道はない。潮流を元に戻すには、今ある排水門を開放するだけでは不十分で、排水門の数を増やしたり拡張するなどの対策が必要だ。

 一部の漁業者らからは、排水門開放による周辺漁場への悪影響を懸念する声も上がっている。しかし、このままでは被害は深刻さを増すばかりで、取り返しのつかない事態になってしまう。大きな痛手を受けた自然を再生するには時間と労力が必要となるが、長期的視点で有明海の将来を考えてほしい。


原因究明へ調査態勢

◆9月めどに中間報告
深刻な「色落ち」被害で黄色くなった養殖ノリ =1月11日、南高有明町大三東地先


 有明海の養殖ノリ不作を受け、農水省や長崎、福岡、佐賀、熊本の沿岸四県は「緊急対策本部」をそれぞれ設置。有明海を襲った“異変”の原因について、二月下旬から漁場環境の合同調査を本格化させる。一部の漁業者らが指摘する国営諫早湾干拓事業との因果関係も視野に調査を進め、今年九月をめどに中間報告を取りまとめる方針だ。

農水省 緊急調査まとめへ

 農水省は一月十八日、「有明海ノリ不作対策本部」(本部長・渡辺好明水産庁長官)を設置し、沿岸四県と連携した緊急調査に着手。翌十九日には中山博文九州漁業調整局長らが佐賀、福岡、熊本三県のノリ漁場を視察、関係漁協の組合長らと意見を交換した。

 一月二十四日には、水産庁西海区水産研究所(長崎市)の調査船「陽光丸」が十日間の日程で沖合の潮流や栄養塩、プランクトンの分布などのモニタリング調査を開始。二月下旬からは各県の水産試験場などと協力して、沿岸部の調査も本格化させる。

 緊急調査は三月中に結果をまとめ、環境省、国土交通省などを交えた総合調査に移行。総合調査の項目は、近く設置する関係省庁と沿岸四県、学識経験者、漁業関係者などによる検討会議で協議を詰める。九月には中間報告を取りまとめる考え。

 原因調査をめぐっては、既に谷津義男農相や松岡利勝副大臣、与党三党の幹事長が現地に足を運ぶなど迅速な対応ぶりが目立つ。半面、焦点になっている国営諫早湾干拓事業の排水門開放をめぐっては、「早期開放」を示唆した農相のコメントを農水官僚が修正する場面もあり、調査に臨む同省の姿勢を見えにくくしている観もある。

県が対策本部 緊急低利融資検討

 有明海の養殖ノリ被害の原因究明や対応策などを検討するため、県は一月二十三日、「県水産部有明海ノリ不作緊急対策本部」(本部長・徳島惇県水産部長)を設置。被害を受けたノリ漁業者に対する緊急低利融資制度の創設についても検討を始めた。

 県栽培漁業課によると、同本部は、県水産部の各課長や県総合水産試験場長ら計十人で構成。必要に応じて設置する専門部会には国営諫早湾干拓事業の担当職員も配置。同課は「諫早湾干拓が原因という前提ではなく、多角的に原因を調査する」としている。

 同本部は来週中にも初会合を開く予定。現在、県南水産業普及指導センター(島原市)が週一回実施している島原半島沿岸の水質調査結果などを基に、有明海の現況について情報収集を進めている。

 緊急低利融資制度については、沿岸三県が先に創設を打ち出しており、本県としても漁業者からの要望があれば創設する考え。県漁政課は「被害を受けたノリ業者に対しては、定期的に資金需要の聞き取りをしているが、今のところ資金援助の要望は出ていない。資金繰りが極端に困っているという状況ではないようだ」としている。
(長崎新聞2001年2月2日掲載)
TOPへ

諫早湾TOP