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長崎新聞120年の歩み
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13・終戦前後の新聞
<13>
終戦前後の新聞
多くの法令が報道縛る
原爆で壊滅的な被害 社屋焼失、自力印刷できず
■広島、長崎に悪夢
1945(昭和20)年2月、米・ルーズベルト、英・チャーチル、ソ連・スターリンの3国首脳がクリミア半島のヤルタに集まり、ソ連の対日参戦や戦後処理を話し合った。ヤルタ会談だ。
次いで同年7月26日、ドイツ・ベルリン郊外のポツダムで、日本の無条件降伏を勧告する米、英、中国の3国共同宣言(ポツダム宣言、後にソ連も加わる)が発表された。
これに対して日本政府は黙殺の態度を取りつつ、天皇制の維持などを条件に受け入れるかどうかを検討していた。そのさなかの同年8月6日、米国によって広島に人類史上初の原子爆弾が投下された。
県内有力4紙を統合し、発行していた当時の「長崎新聞」の保存紙は残っていないが、8月8日付「西日本新聞」は「廣(広)島市侵入のB29新型爆彈(弾)を使用か〜わが方に相當(当)の被害」の見出しで、次のように伝えている。
−大本營(営)発表(昭和二十年八月七日十五時三十分)
一、昨八月六日廣島市は敵B29少數(数)機の攻撃により相當の被害を生じたり
二、敵は右攻撃に新型爆彈を使用せるものの如きも詳細目下調査中なり
さらに3日後の8月9日には長崎に2発目の原爆が投下され、死者7万3000人余、重軽傷者7万4000人余を出し、市街地の大半が焦土と化した。石造りの県庁舎の窓ガラスは爆風で吹き飛び、あちこちから炎を吹き出した。長崎市大村町(現在の同市万才町)にあった長崎新聞社も焼失。多くの社員が犠牲となった。また爆心地に近かった油木谷の疎開工場も爆風と火災に遭い、新聞発行ができなくなった。
■乏しい惨状情報
このため、「長崎市に新型爆弾」の第1報(8月10日付)は、空襲で新聞が発行できなくなった場合に相互協定を結んでいた西日本新聞が、「長崎新聞」の題字で印刷、発行。それを長崎に運んで配達した。しかし、壊滅的な被害を受けた長崎からの情報は乏しく、軍部の厳しい報道規制もあり、記事は1面の中ほどに「被害は僅少(きんしょう)の見込み」の4段見出しで、「西部管区軍司令部発表(昭和二十年八月九日十四時十五分)」を以下のように短く伝えている。
一、八月九日午前十一時頃(ごろ)敵大型二機は長崎に侵入し、大型爆彈らしき物を使用せり
二、詳細目下調査中なるも被害は比較的僅少なる見込み
また、2面に「焔(ほのお)衝(つ)き怒りの生産〜新型爆彈〜闘う長崎市民」の見出しで地元の様子らしき記事もあるが、被害の惨状は全く伝えていない。
さらに11日付で「閃光(せんこう)で最寄の壕(ごう)へ〜恐れるな新型爆彈」「露出部は全部隠せ〜待避に蒲団(ふとん)を被(かぶ)れ」など対処法のようなものが掲載されているだけで、詳しい被害の状況は報道されなかった。
15日付になってようやく「(広島の)新型爆彈は原子爆彈〜火薬二萬(万)頓(トン)に匹敵す」とした理化学研究所の仁科芳雄博士の調査結果を掲載。仁科博士は「日本の現代物理学の父」ともいわれ、軍部の命令で日本における原爆の開発に携わった人物。こうしてやっと新型爆弾が原爆であったことが知られるようになった。
被爆後の長崎の状況については9月に入って「原子爆彈一ケ月の現地」と題したルポ(15日付)が掲載されている。「被爆者續(続)々と死亡〜絶えぬ街の火葬」「神の試練に起つ聖教徒」の見出しで、「一瞬にして廢墟(廃虚)と化した浦上天主堂」の写真付きで紹介。また「雲の爲(為)投下狂う〜全滅を免れた長崎〜爆發(発)威力は廣島の倍」という長崎入りした米科学者の談話の記事(9月16日付)も見られる。
被爆1カ月後に掲載された長崎原爆の“現地ルポ”=1945年9月15日付「長崎新聞」
長崎に新型爆弾(原爆)の投下と、ソ連参戦を報じた1945年 月10日付「長崎新聞」1面
■ソ連参戦がトップ
ところで、長崎に新型爆弾(原爆)が投下されたことを報じた8月10日付の1面トップ記事は、9日未明のソ連軍の参戦だった。
ソ連はヤルタ会談で対日参戦(ドイツ降伏から90日以内)を約束していたが、樺太(サハリン)南部の返還、千島列島の引き渡しなどヤルタでの秘密協定の条件を確実にするには、日本がポツダム宣言を受け入れて降伏するまでに参戦しておく必要があった、といわれている。
ソ連は日ソ中立条約を破棄し9日未明、満州(現中国東北部)との国境に殺到。10日付の「長崎新聞」では「ソ聨(連)軍遂に不法越境・攻撃開始〜東西の正面國(国)境で日滿(満)軍、敢然反撃」の大見出しで、次のように報じている。
一、八月九日零時頃ソ聨軍の一部は東部及西部滿ソ國境を越え攻撃を開始し又(また)其(そ)の航空部隊の各少數(数)は同時頃より北滿及朝鮮北部一部に分散來(来)襲せり
二、所在の日滿兩(両)軍は自衛の爲(為)之(これ)を邀(むか)へ交戰中なり
精鋭を誇った関東軍は兵力こそ約70万人を擁してはいたが、相次ぐ南方への転用で装備は弱体化。約150万人、戦車・自走砲約5500両、飛行機約5000機という圧倒的な兵力のソ連極東軍を防ぐ力はもはやなかった。
広島、長崎への原爆投下、ソ連参戦でポツダム宣言を受諾するか否かを決める御前会議が開かれたのは8月9日夜。結果を連合国側に申し入れ、その回答を得て正式に受諾決定を通告したのは8月14日だった。
翌15日、録音ではあったが昭和天皇の肉声による終戦を国民にじかに伝えるラジオ放送(玉音放送)がなされ、鈴木貫太郎内閣が総辞職。8月17日に前例のない皇族を首班とした東久邇宮稔彦王内閣が誕生した。
こうした一連の動きを「長崎新聞」は「大東亞(亜)戦争の聖斷(断)降る〜四國共同宣言(ポツダム宣言)を受諾」(8月15日付)と、昭和天皇の決断で、終戦の大詔(国家の重大な事案を天皇が国民に告げるための文章)が出ることを報道。8月16日付では「一死・大罪を謝し奉る」と阿南陸相の割腹自殺を伝えた。
長崎原爆で社屋が焼失した後、長崎市伊良林の光源寺に仮社屋を置いていた「長崎新聞社」は、同市出島町にあった旧長崎民友新聞社の社屋で再建を目指すことになった。同市内の疎開先に組み立て前の状態で預けていた輪転機を修理する一方、陸軍大村部隊が使用していた製版機などの印刷機械を運び、自力印刷ができる体制を整えていく。
■輪転機回り出す
原爆で吹き飛んだ窓をござやぼろ布で覆い、風雨を防いだ社屋に輪転機が回り出したのは9月初め。9月14日には自力印刷による「長崎新聞」第1号(通算1257号)を発行。1面に2段囲いで社告を記載し、次のようにあいさつしている。
−本社は去月九日大村町の本工場並に油木谷の疎開工場を戰災によって焼失したため、爾来相互援助社の西日本新聞社に本紙の印刷代行を委託して來(来)ましたが(中略)、出島町に假(仮)社屋を定め、鋭意復興に努力致しました結果、罹災以來約一ケ月を以て十四日付より自力発行の運びに至りました。一部未整備の施設も近く完備されますので、施設の更新に併せて紙面を全く一新し、“新日本建設”の報道使命遂行へ邁(まい)進を期しゐ(い)る次第であります。(後略)
自力印刷第1号の1面トップは3段見出しで「米艦船長崎に入港〜在九州『聨合國將(将)兵』引取りのため〜約三週間滞在の豫(予)定」だった。
「玉音、肺肝に徹す」「忍び難きを忍ぶ」などの見出しが並び、終戦を報じた「長崎新聞」=1945年8月16日付
自力印刷開始を知らせる社告=1945年9月14日付「長崎新聞」
原爆で焼失した「長崎新聞社」=長崎原爆資料館蔵
2009年6月13日長崎新聞掲載
<20完> 未来へ(2009年12月29日)
<19> 「平成」の幕開け(2009年12月12日)
<18> 昭和から平成へ(2009年11月14日)
<17> 出島から茂里町へ(2009年10月10日)
<16> 一県一紙へ(2009年9月12日)
<15> 4紙分離と朝鮮戦争(2009年8月8日)
<14> 戦後混乱期と新聞(2009年7月11日)
<13> 終戦前後の新聞(2009年6月13日)
<12> 戦時下の新聞(2009年5月9日)
<11> 世界大恐慌とテロ(2009年4月11日)
<10> 昭和初頭の長崎日日新聞<下>(2009年3月14日)
<9> 昭和初頭の長崎日日新聞<上>(2009年2月14日)
<8> 大正時代と新聞<下>(2009年1月10日)
<7> 大正時代と新聞<上>(2008年12月13日)
<6> 「明治」から「大正」へ(2008年11月8日)
<5> 「長崎新報」不敬事件(2008年10月11日)
<4> 日清・日露戦争と新聞(2008年9月13日)
<3> 自由民権運動と新聞(2008年8月9日)
<2> 西南戦争と新聞(2008年7月12日)
<1> 揺籃期(2008年6月14日)
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