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長崎新聞120年の歩み
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12・戦時下の新聞
<12>
戦時下の新聞
多くの法令が報道縛る
「1県1紙」が原則に 「長崎日報」へ統合、1945年「長崎新聞」に改題
■第2次大戦ぼっ発
日本と中国の戦争が次第に泥沼化しているとき、ヨーロッパでも戦争の危機が高まっていた。ドイツではナチス党のヒトラーが独裁的権力を握ると、一九三八(昭和十三)年、オーストリアを併合。三九年にはプラハを占領し、チェコスロバキアを解体した。イタリアもファシスト党のムッソリーニが権力を獲得すると、エチオピアなどに進攻した。
ドイツとイタリアは軍事同盟を締結。さらにドイツはソ連と不可侵条約を結び、三九年九月一日未明、ポーランドへ侵攻を開始した。ポーランドと援助協力を結んでいた英仏両国がドイツに宣戦布告。ここに第二次世界大戦が始まった。
■国家総動員体制へ
この間の「長崎日日新聞」(現長崎新聞の前身)の報道をみると、「獨(独)ソ不可侵條(条)約〜昨夜正式調印を了す」(三九年八月十九日付夕刊)、「獨空軍大擧(挙)波國(波国=ポーランド)急襲〜首都始め各地を爆撃」(同九月二日付)と伝えている。
当初、日本は「歐州(欧州)に介入せず〜事變(事変=上海事変)解決に邁進」(三九年九月五日付)する方針をとった。一方で、四〇年七月に成立した第二次近衛内閣は、長期化する日中戦争に対処するため、国力を結集する新体制運動を進め、同年十月に既成政党は解散し、「大政翼賛会」が生まれる。後に産業界でも「大日本産業報国会」が発足し、軍部・官僚、一部の経済人によって産業統制が進められた。
■資源求め南進政策
ヨーロッパでドイツが勝利を重ねているとき、フランス、オランダがドイツの占領下に置かれたのを機会に軍部は四〇年、東南アジアに進出。それぞれの植民地から石油、ゴム、スズなどの資源を確保するとともに、同地域を経由するイギリス、アメリカの対中国援助物資の輸送路(援蒋ルート)を断とうとした。
さらに、まだ参戦していなかったアメリカをけん制するため、同年九月に「日独伊三国軍事同盟」、四一年四月にソ連と「日ソ中立条約」を締結。北方からの脅威を取り除くと本格的に東南アジアに兵を進めた。
これに対してアメリカ、イギリス、中国とオランダはいわゆる「ABCDライン」を結成。中国援助を増強するとともに、日本との通商条約を破棄。それぞれの国内にある日本資産の凍結などの対日経済制裁を実施した。さらに八月にはアメリカが対日石油禁輸措置を取り、日米関係はいよいよ険悪になっていった。
イギリスの対ドイツ宣戦布告を報じた1939年9月4日付「長崎日日新聞」夕刊
■太平洋戦争始まる
四一年十二月七日(日本時間同八日)、日本海軍は米太平洋艦隊の基地だったハワイ・真珠湾を攻撃。太平洋戦争の火ぶたが切られた。
「長崎日日新聞」は十二月九日付夕刊一面で「帝國遂に英米と開戰」、二面には「さあ來(来)い萬(万)難千苦」「各戸に日の丸〜お諏訪様に戰勝祈願」「決戰一色の長崎市〜夜は提灯(ちょうちん)行列」と、戦勝気分に沸く長崎の状況を報じている。
「長崎民友新聞」(現長崎新聞の前身の一つ)も同九日付で「帝國、斷乎(断乎)米英と國交を斷絶」「遂に宣戰の大詔渙発さる」の見出しに続いて、ラジオ放送などで有名になった「大本營(営)陸海軍發(発)表 十二月八日午前六時 帝國陸海軍は本日未明 西太平洋に於(おい)て米英軍と戰闘状態に入れり」の第一報を掲載している。
■県内の4紙を統合
戦時下では数多くの法令が新聞を縛った。特に四一年に成立した「新聞紙等掲載制限令」によって総理大臣が記事の差し止め、発売禁止を命じることができるようになった。さらに開戦直後の十二月十九日には「言論・出版・集会・結社等臨時取締法」が公布され、政府は裁判によらず行政処分で新聞発行を停止できるようになった。
このため、新聞はますます政府に対する批判的なことは書けなくなった。このほかにも内務省、陸海軍、外務省などから掲載禁止事項の通達があり、空襲被害の状況などを詳しく伝えることもできなくなった。
「新聞事業令」や「出版事業令」が国家総動員法に基づいて公布され、これによって日本新聞会、日本出版会が統制団体として発足。用紙の割り当てや新聞・雑誌・出版社の整理統合が進められた。
新聞は「一県一紙」が原則となり、本県では「長崎日日新聞」「長崎民友新聞」「軍港新聞」「島原新聞」の四紙を強制的に合同し、「長崎日報」の題名で四二年四月一日からスタート。旧長崎日日新聞に事務所を置き、同社の資材を借りて発行した。
四紙は三月二十九日付で連名の社告を出している。「長崎民友新聞」は同日の二面で「民友新聞は何故(なぜ)合同したか」の一文を掲げ「國策順應、大東亞(亜)建設に邁進するため」と説明。「長崎日日新聞」も同三十一日付一面の社説で「終刊の言葉」を掲載している。
こうして誕生した「長崎日報」第一号では一面「創刊の言葉」と題する社説で、「一切のものは、擧げて戰爭完遂に集中されねばならない。(中略)公器として卒先範を示すべき新聞は、この要求に即應(応)して、速やかな態勢を整備する必要に迫られ、こゝに長崎民友、佐世保軍港、島原及び長崎日日の四新聞打って一丸となり、本日を以(もっ)て一縣一紙「長崎日報」を創刊した」と述べている。
■中央紙と合同発行
四五年になると、地方紙を母体に中央紙と合同の新聞を発行するという内容の「戦局に対応する新聞非常態勢に関する暫定措置要綱」が閣議決定された。「長崎日報」に中央の三紙(読売報知、毎日新聞、朝日新聞)を合わせた新聞が発行されることになり、「長崎新聞」に改題し、題字下に三紙のミニ題字を印刷した新たな新聞が発行された。七月一日付社告では「長崎新聞と改題」と題して、次のように書いている。
「本紙は去る四月一日實(実)施の新聞非常措置に基づき、從來縣内移入の毎日、朝日兩(両)紙分も合同發行して、量に於ては萬に三倍する部數(数)を發行、質に於ては中央紙との通信提携並に人材移入を行ひ、飛躍的發展向上を遂げて名實共に全く我が長崎縣の代表紙たる地位と聲價(声価)を占めるに至りましたので、茲(ここ)に七月一日を期して『長崎日報』の題号を『長崎新聞』と改め、百五十万縣民各位の眞(真)の縣紙として必勝報道に新發足をする事と致しました」
太平洋戦争の始まりを伝える1941年12月9日付「長崎日日新聞」夕刊
太平洋戦争開戦で県民の戦意高揚を報じた「長崎日日新聞」夕刊2面記事=1941年12月9日付
新聞の1県1紙策で県内4紙が強制的に合同させられ誕生した「長崎日報」=1942年4月1日付
「長崎日報」から改題した「長崎新聞」。中央紙との合同発行となり題字を併記した=1945年7月1日付
2009年5月9日長崎新聞掲載
<20完> 未来へ(2009年12月29日)
<19> 「平成」の幕開け(2009年12月12日)
<18> 昭和から平成へ(2009年11月14日)
<17> 出島から茂里町へ(2009年10月10日)
<16> 一県一紙へ(2009年9月12日)
<15> 4紙分離と朝鮮戦争(2009年8月8日)
<14> 戦後混乱期と新聞(2009年7月11日)
<13> 終戦前後の新聞(2009年6月13日)
<12> 戦時下の新聞(2009年5月9日)
<11> 世界大恐慌とテロ(2009年4月11日)
<10> 昭和初頭の長崎日日新聞<下>(2009年3月14日)
<9> 昭和初頭の長崎日日新聞<上>(2009年2月14日)
<8> 大正時代と新聞<下>(2009年1月10日)
<7> 大正時代と新聞<上>(2008年12月13日)
<6> 「明治」から「大正」へ(2008年11月8日)
<5> 「長崎新報」不敬事件(2008年10月11日)
<4> 日清・日露戦争と新聞(2008年9月13日)
<3> 自由民権運動と新聞(2008年8月9日)
<2> 西南戦争と新聞(2008年7月12日)
<1> 揺籃期(2008年6月14日)
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