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7・大正時代と新聞<上>
<7>
大正時代と新聞<上>
「護憲運動」をリード
第一次大戦の戦況速報 中国戦線に記者派遣
■藩閥政治に反対
明治から大正にかけての政治は、明治維新に功績があった山県有朋、井上馨、松方正義ら薩摩藩(鹿児島)、長州藩(山口)出身の実力者たちを中心にした「藩閥政治」だった。
また、当時の経済状況も日露戦争(一九〇四−〇五)に勝利したがロシアから賠償金を得ることができなかったことから、戦後は莫大(ばくだい)な戦費支出の後遺症として国家財政が逼迫(ひっぱく)。国民も慢性の不況に悩まされていた。
こうした閉塞(へいそく)感の中で、「大正」という新しい時代を迎え、国民はこれまでの藩閥政治を打ち破り、憲法に基づく民主的な政治形態の確立を望む声が高まっていく。
当時の第二次西園寺内閣は一九一二(明治四十五)年夏、次年度の予算編成に当たって緊縮財政の方針を打ち出し、陸軍が要求していた二個師団増設を認めなかった。
「大正」と改元した同年十二月、上原勇作陸軍大臣(薩摩藩出身)は、首相の手を経ず、直接天皇に辞表を提出し、勝手に辞任した。いわゆる「帷幄上奏(いあくじょうそう=明治憲法下で陸・海軍大臣、参謀総長、軍令部総長などが軍事上の重要事項などを閣議を経ずに直接天皇に伝えること)」問題である。
西園寺公望首相は陸軍の長老・山県有朋に後任の陸軍大臣の推薦を要請したが拒否され、ついに総辞職。山県と同じ長州閥の桂太郎内閣(第三次)が成立したが、議会を軽視する態度を取ったことから、「閥族打破」「憲政擁護」をスローガンとする第一次護憲運動が起きた。
■県民大会を開催
同運動は新聞によって口火が切られた。翌一三(大正二)年一月十七日には全国の新聞社代表ら約三百人が東京で全国同志記者大会を開き、「藩閥打破」「憲政擁護」の宣言書、決議文が採択された。
こうした中央の動きに呼応し、県内でも「長崎日日新聞」(現長崎新聞の前身)が一月六日付で「憲政擁護県民大会」(一月十日開催。発起者は長崎日日新聞など五社)への参加を呼び掛ける社告を掲載。一月八日付には一面トップで「憲政擁護の第一義」と題した社説を展開。「憲法に違背する者、憲法をかく乱する者を撲滅することをもって第一義とする」と政府や藩閥勢力の政治家らを糾弾した。
さらに、一月十一日付では前日に約五千人が参加して開かれた県民大会の内容を報じ、「正義の叫び悲憤の聲(こえ)」の派手な見出しが躍った。病を押して参加した発起人代表の「東洋日の出新聞」の鈴木天眼らがあいさつに立ち、「長州武閥の桂公ら非立憲の輩が帝国憲法を無視せんとす。われわれは義務として、この憲政の賊を剿滅せざるべからず」
【現代語訳】「長州出身の桂内閣は憲法を無視している。われわれはこうした憲政の敵を消滅しなければならない」と述べ、桂内閣を弾劾した。
■「長崎新聞」襲撃
全国的なこうした運動に追い詰められた桂内閣は、反対派を切り崩し、新党を立ち上げるなどしたが、内閣不信任案が提出され、二月十一日総辞職する。発足後約二カ月という短命内閣だった。しかしその後も混乱は続き、政府支持とされた「長崎新聞」(現長崎新聞とは無関係)が二月二十三日夜、約二千人の群集に襲撃されるという事件も起きた。
国民運動で内閣が倒されたのは明治憲法下ではこのときだけであり、「大正政変」と呼ばれている。藩閥政治の行き詰まりとともに、国民の民主政治に対する意識や期待の高まりを示す結果となった
長崎日日新聞など5社が共催した「憲政擁護県民大会」の社告=1913年1月6日付「長崎日日新聞」
憲政擁護県民大会の様子を報じた新聞=1913年1月11日付「長崎日日新聞」
見出しも派手な「憲政擁護県民大会」のサイド記事
■列強枠組み崩壊
一方、国際情勢はヨーロッパ列強の勢力関係の枠組みが崩壊し始めたのをきっかけに、不安定な状況が続いていた。その中で一九一四(大正三)年六月、オーストリア皇太子夫妻が白昼、ボスニアの首都サラエボでセルビア人青年によって暗殺される事件が発生(サラエボ事件)。緊張が一気に高まった。
七月にはオーストリア=ハンガリーがドイツの全面支援を受けてセルビアに宣戦布告。ドイツはオーストリアと組んで対立していたロシアやフランスに宣戦布告する事態となった。さらにドイツがベルギーに侵攻すると、それを理由にイギリスも八月、ドイツに宣戦布告するなど、ヨーロッパ中が戦火に巻き込まれた。
国内でも第二次大隈内閣が日露戦争の前に結ばれた日英同盟のよしみを理由に同月、ドイツに対して宣戦布告。ドイツの東洋の拠点である中国・山東半島の青島に出兵した。
■報道姿勢を示す
「長崎日日新聞」は同年八月三日付一面トップに「全歐の大亂か」の見出しで、ドイツの宣戦布告(ロンドンからの電信)を報じ、八月九日付からは一面のほぼ全面をつぶし、地図も添えて戦況の報道を続けた。八月十六日付では「時局と長崎日日新聞」の見出しで社告を掲載、報道姿勢を次のように記している。
「墺太利と塞耳維の葛藤は露西亞の容喙が導火となって遂に全歐洲の大亂となり日英同盟の條規に基いて日本が動くか動かぬかに依って東洋の安危も定まらうとして居る今日、帝國政府の態度も亦既に定まったと申しますから、最早世界の大亂、有史以來の大戰亂と申して妨げないことゝ存じます。此時に當って内外諸多の報道は讀者各位の最も重きを置かるゝ處であって、其報道の敏速と精確とを要求せらるゝも亦當然の次第と思われます。(中略)
聊か讀者各位積年の眷顧に報ゐたゐ微衷を以て、今次の大戰亂勃發以來、特に内外電報電話の種類及び數量を増し、各要地には社員を特派し、いわゆる報道の敏速と精確とに於て遺憾なからんことを期し…」
【現代語訳】「オーストリアとセルビアの争いはロシアの介入がきっかけとなり、ついには全ヨーロッパを巻き込む大戦となりました。日英同盟の取り決めに基づいて日本が参戦するか、あるいは参戦しないかによって東洋が安全であるか危険であるかが定まろうとしている今日、政府の態度も決まったということなので、もはや世界大戦、歴史上の大戦争になると思われます。この時に当たって、内外の報道が読者の最も関心があるところであり、報道の素早さ、綿密で正確なことが求められるのは当然のことです。(中略)
少しでも読者の長年のひいきに報いたいという心をもって、今大戦勃発(ぼっぱつ)以来、特に内外の電報、電話の受信数を増やし、各地に社員を派遣して、報道の素早さ、正確さにおいて怠りないようにしていきたい…」
■国民の関心高く
戦況報道には写真が不可欠と、長崎日日新聞では九月十五日に写真版部(後の製版部)を新設。付録として列強各国の対立構図が分かるように、六色刷りの「歐洲・列強交戦地図」を配布した。この地図には読者以外からも問い合わせが殺到。国民の関心の高さをうかがわせた。
引き続き九月十九日付では「記者を戰地に派す」の見出しで、中国戦線に記者を派遣することを伝えている。また、臨時号外を発行して戦況の速報に努めた。
長崎新聞襲撃の記事=1913年2月25日付「長崎日日新聞」
中国戦線に記者派遣を伝える1914年9月19日付「長崎日日新聞」の社告
第一次世界大戦勃発を伝えた新聞=1914年8月3日付「長崎日日新聞」の1面
◆メモ
大戦で新聞用紙不足に
第一次世界大戦(一九一四−一八)は日本の新聞業界に資材不足をもたらした。特に新聞用紙の不足は深刻で、“年中無休刊”で競っていた県内の新聞にも影響は大きかった。「東洋日の出新聞」では一九一八(大正七)年四月二日付の社告で「毎月曜日休刊」を打ち出した。
「歐洲戰亂勃発以来新聞用紙其他必需品價額昂騰に昂騰を演じ新聞社經營上苦境の極み達し居り候處(そうろうところ)、今回復亦(またまた)用紙の値上げを決行されたるを以て終に不得止(やむをえず)本月より時局終収まで毎月曜日休刊仕候此段(つかまつりそうろうこのだん)御了察相成度候(あいなりたくそうろう)」
【現代語訳】「ヨーロッパで戦争が勃発(ぼっぱつ)して以来、新聞用紙その他必需品の価格が高騰に高騰を演じ、経営上苦境の極みに達している。このたびもまたまた用紙の値上げが行われ、ついにやむを得ず時局が治まるまで毎月曜日を休刊することになりました。ご了解ください」
漢文や候(そうろう)文混じりの社告には、新聞社の苦境ぶりがうかがえる。
2008年12月13日長崎新聞掲載
<20完> 未来へ(2009年12月29日)
<19> 「平成」の幕開け(2009年12月12日)
<18> 昭和から平成へ(2009年11月14日)
<17> 出島から茂里町へ(2009年10月10日)
<16> 一県一紙へ(2009年9月12日)
<15> 4紙分離と朝鮮戦争(2009年8月8日)
<14> 戦後混乱期と新聞(2009年7月11日)
<13> 終戦前後の新聞(2009年6月13日)
<12> 戦時下の新聞(2009年5月9日)
<11> 世界大恐慌とテロ(2009年4月11日)
<10> 昭和初頭の長崎日日新聞<下>(2009年3月14日)
<9> 昭和初頭の長崎日日新聞<上>(2009年2月14日)
<8> 大正時代と新聞<下>(2009年1月10日)
<7> 大正時代と新聞<上>(2008年12月13日)
<6> 「明治」から「大正」へ(2008年11月8日)
<5> 「長崎新報」不敬事件(2008年10月11日)
<4> 日清・日露戦争と新聞(2008年9月13日)
<3> 自由民権運動と新聞(2008年8月9日)
<2> 西南戦争と新聞(2008年7月12日)
<1> 揺籃期(2008年6月14日)
〒852-8601 長崎市茂里町3-1
TEL:(095)844-2111(大代表)
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