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5・「長崎新報」不敬事件
<5>
「長崎新報」不敬事件
「長崎日日新聞」で再出発
県内各地、創刊相次ぐ 「鎮西日報」は姿消す
一八八九(明治二十二)年九月の創刊以来、県民世論をリードしてきた「長崎新報」(長崎新聞の前身)だったが、一九一〇(明治四十三)年、連載していた「昔の女今の女」の中に、皇室に対する不敬の内容があったとして、新聞紙法違反に問われた。
■「発行禁止」の判決
一審の長崎地裁では執筆した野村史郎をはじめ、編集兼発行者、印刷人にそれぞれ禁固刑と罰金、「長崎新報」にも発行禁止の判決が下された。
九月二十日付「長崎新報」では次のように報道している。
本社に係(かか)る新聞紙法違犯被告事件は昨日午後一時、當(とう)地方裁判所刑事法廷に於(おい)て茂見裁判長の係り、光行検事立會(あ)ひ各辯護人(弁護人)及び各被告人出廷式(かた)の如(ごと)く開廷あり、執筆者野村史郎、編輯(編集)兼發行(発行)人中村勝市郎、同田中多津雄、印刷人中尾勝太郎に對(対)し左の如く判決文言渡しありたり
▲主文 被告野村史郎を禁錮(禁固)一年及び罰金百五拾圓(円)に處(処)す、被告人中村勝市郎及び田中多津雄を各編輯人として禁錮四月及び罰金五拾圓、各發行人として禁錮四月及び罰金五拾圓に處す、被告中尾勝太郎を禁錮四月及び罰金五拾圓に處す…
■控訴、上告も棄却
「長崎新報」は長崎控訴院(現在の高等裁判所に当たる)に控訴したが、同年十一月に棄却。大審院(現在の最高裁判所)へ上告するも翌一一(明治四十四)年二月に棄却され、判決が確定した。
この時期の「長崎新報」は保存紙がないため、当時の記事の内容は分からないが、ライバル紙の「長崎新聞」(現在の長崎新聞とは無関係)は「長崎新報愈廃刊(長崎新報いよいよ廃刊)、大審院上告棄却」、「東洋日の出新聞」も「新報不敬事件、愈(いよい)よ發行禁止に確定」と報じている。
判決確定を受けて「長崎新報」は同年二月二十五日付の第六千五百十二号を最後に廃刊。前年には長年のライバルだった「鎮西日報」が廃刊しており、明治期の本県新聞界を引っ張ってきた有力二紙が姿を消すことになり、一つの時代の終焉(しゅうえん)となった。
翌二月二十六日付からは「長崎新報」の後継紙として「長崎日日新報」が創刊されたが、わずか九日後に再び新聞紙法で摘発を受け、廃刊に追い込まれた。その後、「長崎日日新聞」として復刊。「長崎新報」でも社長を務めた則元由庸が初代社長(「長崎新報」からは通算七代目)に就任し、再出発することになった。創刊一年後の一二(大正元)年九月には長崎市出島に社屋を移し、当時の最新鋭の輪転機を導入し、県内では初の輪転機による新聞発行を開始した。
「長崎日日新聞」として復刊した第1号の題字(左)
不敬事件を招いた連載「昔の女今の女」の第1回=1910年6月8日付「長崎新報」(上)
不敬事件の一審判決を伝える1910年9月20日付「長崎新報」の紙面(下)
明治期の県内の主な新聞(長崎を除く)
■佐世保の歴史反映
明治期は新聞の創成期で、県内各地でも新聞の創刊が相次いだ。その中でも佐世保は軍港都市としての特異な発展の経緯が、新聞の芽生えにも大きな影響を与えた。
江戸時代には一寒村にすぎなかった佐世保は、一八七一(明治四)年の廃藩置県で松浦藩領から「長崎県佐世保村」となり、これに前後して炭鉱が各地に開かれ、次第ににぎわうようになる。
八六(明治十九)年に佐世保海軍鎮守府設置が決まると、工事や商売の機会を得るため、佐賀などから続々と移住する人が増え、人口が急増。移住者を「寄留派」と呼び、もともとの住民の「土着派」との間で争いが起きるようになった。特に政治の世界では土着派が「協和会」を名乗り、政友会に属し、寄留派は「同志会」を立ち上げ、憲政会に属した。
佐世保で発行された最初の新聞は九九(明治三十二)年創刊の「日刊佐世保」。当時は市制施行をめぐって論争があり、村民に賛成の世論をかき立てるのが目的だったため、一九〇二(明治三十五)年に「村」から一躍「市」となると、あっさり廃刊となった。
こうした状況の中で、土着派は〇三(明治三十六)年に機関紙として「佐世保新報」を創刊。当時は活字も十分でなく、見出しの大型活字はそのたびに木彫りして間に合わせた。印刷機も手回しで一枚ずつ刷るものだったが、ピーク時には佐世保だけで四千部近くの発行部数があったという。
寄留派も「佐世保新報」に対抗する機関紙として、日露戦争たけなわの〇四(明治三十七)年に「佐世保軍港新聞」(後に「軍港新聞」と改題)を創刊。それぞれの政党の主張を掲げて渡り合った。折からの日露戦争の戦況報道や銃後の美談など、軍港都市・佐世保の地元紙らしい編集に努めた。
さらに、一一(明治四十四)年には「佐世保日日新聞」が創刊。「佐世保新報」に代わって土着派の機関紙となり、「軍港新聞」と激しい論争を繰り広げる。また、明治末期から大正初期にかけて中央紙などが支局や通信部を置くなど佐世保進出が相次いだ。それは日清、日露戦争における軍事拠点としての佐世保の重要性や、都市としての目覚ましい発展ぶりによるものだった。
■離島でも次々誕生
島原でも「長崎新報」が創刊されて十年後の一八九九(明治三十二)年、「開国新聞」が創刊。長崎で鈴木天眼が創刊した「九州日之出新聞」「東洋日の出新聞」よりも早かったが、経営自体は苦しく、日露戦争後の不況もあって、間もなく本拠地を有明海を挟んで対岸の福岡県久留米市に移し、「筑後新聞」と改題する。諫早では一九〇八(明治四十一)年に「諫早民友新聞」が創刊されたが、二年後には廃刊している。
一方、離島でも新聞創刊が相次いだ。対馬では〇三(明治三十六)年に「対馬新報」が発行され、〇九(明治四十二)年には「対馬日日新聞」に改題。壱岐では〇五(明治三十八)年に「壱岐新報」が創刊した。しかし、対馬の病院を批判する記事がもとで廃刊。代わって〇六(明治三十九)年には「壱岐一六報」(毎月一と六の付く日の六回発行)が創刊される。また、五島でも一一(明治四十四)年に「五島新聞」が発行されるなど、明治末期から大正にかけて次々と地域新聞が誕生する。
島原で創刊した「開国新聞」
土着派が創刊した「佐世保新報」の題字
1904年10月5日付「東洋日の出新聞」に掲載された寄留派の「佐世保軍港新聞」の創刊広告=長崎歴史文化博物館蔵
◆メモ
則元由庸(のりもと・ゆうよう、1862−1931)
「長崎新報」第5代、「長崎日日新聞」初代(「長崎新報」から通算7代)、同3代(同9代)社長。熊本藩典医の長男として生まれ、1884(明治17)年に長崎に来て代言人(現在の弁護士)となる。政友会県支部長を務めるなど県政界で重きをなし、長崎市会議長、衆院議員などを歴任。九州鉄道、九州瓦斯(がす)取締役など実業界でも重鎮だった。「長崎新報」廃刊後、「長崎日日新聞」として再出発する際には社長として陣頭指揮を執るなど、本県新聞界の発展にも貢献した。
2008年10月11日長崎新聞掲載
<20完> 未来へ(2009年12月29日)
<19> 「平成」の幕開け(2009年12月12日)
<18> 昭和から平成へ(2009年11月14日)
<17> 出島から茂里町へ(2009年10月10日)
<16> 一県一紙へ(2009年9月12日)
<15> 4紙分離と朝鮮戦争(2009年8月8日)
<14> 戦後混乱期と新聞(2009年7月11日)
<13> 終戦前後の新聞(2009年6月13日)
<12> 戦時下の新聞(2009年5月9日)
<11> 世界大恐慌とテロ(2009年4月11日)
<10> 昭和初頭の長崎日日新聞<下>(2009年3月14日)
<9> 昭和初頭の長崎日日新聞<上>(2009年2月14日)
<8> 大正時代と新聞<下>(2009年1月10日)
<7> 大正時代と新聞<上>(2008年12月13日)
<6> 「明治」から「大正」へ(2008年11月8日)
<5> 「長崎新報」不敬事件(2008年10月11日)
<4> 日清・日露戦争と新聞(2008年9月13日)
<3> 自由民権運動と新聞(2008年8月9日)
<2> 西南戦争と新聞(2008年7月12日)
<1> 揺籃期(2008年6月14日)
〒852-8601 長崎市茂里町3-1
TEL:(095)844-2111(大代表)
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