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創刊120周年を迎えて 長崎新聞社代表取締役社長 本村忠廣
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読者と時代切り開く
戦後初めて本格的な政権交代が実現するという政治激動の中で、長崎新聞社は本日、創刊120周年を迎えました。
まず県民読者の皆さまに、明治22(1889)年9月5日、長崎新聞の前身である「長崎新報」の発行以来、1世紀以上にわたって本紙をご愛読、ご支援していただいていることに心から感謝申し上げます。
120年前のわが国も大きな変革期にありました。この年、大日本帝国憲法が発布され、「長崎新報」は、薩長藩閥に対抗して自由民権を唱える自由党系の新聞として創刊されました。言論機関としてこの国と郷土の在り方に論を競い合い、明治44年に「長崎日日新聞」と改題しました。このころから政党機関紙としての性格は薄らぎ、中立公正、不偏不党の社論を展開しながら、報道、言論の自由を堅持してきました。
その後、大正、昭和、平成と歴史を刻み、原爆投下では長崎市大村町(現・万才町)にあった本社社屋が焼失、油木谷(現・油木町)に疎開していた印刷工場も原爆の直撃を受け、従業員ら5人が死亡しました。しかし焼け残った輪転機を必死に修理して1カ月後に自力印刷をスタートさせるなど苦難の歴史をくぐり抜け、地元各紙との合併を経て、県内最大の部数を誇る地元紙として県民読者の皆さまに愛されてきました。
創刊120周年という節目の年を迎え、紙面では「見詰めよう古里、つなごう明日へ」を基調に、年間シリーズの地域医療問題、サッカーJリーグ入りを狙うV・ファーレン長崎応援特集、地元出身の歌手福山雅治さんが主役を務める大河ドラマ「龍馬伝」にちなんだ企画「龍馬と長崎」などを展開、地域に元気を吹き込んできました。
このほか記念事業としてプロ野球「ソフトバンク−オリックス戦」や影絵作家の「藤城清治展」「第40回日展」などを開催し、郷土の活性化に寄与してまいりました。
経済不況とメディアの多様化、若者の活字離れと新聞界を取り巻く情勢は厳しさを増すばかりですが、「信頼のメディア」としての新聞の役割はさらに重要となっています。政治が新たな「わが国のかたち」を模索する激動期に入った今こそ、長崎新聞の歴史を必死で守り、育ててきた先人の魂を受け継ぎ、困難な時代を切り開く決意を新たにするものです。
これからも唯一の県紙として新聞発行はもちろん、電子メディア、情報紙、出版、各種事業の展開で豊かな郷土づくりに積極的に参画していきます。県民読者の皆さまに今後とも変わらぬご支援をお願いします。
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