被爆遺構の住吉トンネル工場跡1本の随時公開を了承 長崎市
被爆建造物の保存、活用策を検討する長崎市原子爆弾被災資料協議会(岸川正大会長、十二人)は十四日、長崎市平野町の長崎原爆資料館で開催。三菱長崎兵器製作所住吉トンネル工場跡(住吉町−赤迫一丁目)の六本のうち二本を公開する方針を示している市は、一本について、普段は外部から防護柵越しに内部を見学し、被爆遺構のガイドを務める平和案内人などが同行することを条件に随時、内部の一部を見学できる案を説明、了承された。
また、国連軍縮期間(十月二十四−三十日)の土、日曜日や長崎原爆の日の八月九日前後も期間限定で内部公開する。残る一本は外部からのみの見学となる。市は定例三月市議会に整備予算を計上し、二〇一〇年三月からの公開を目指す。
市の計画では公開する二本は一、二号トンネル。保存方法として入り口の二・四メートル先から約二十メートルにわたり天井、側面、床面を厚さ二十センチのコンクリートで覆って補強。随時見学できる二号トンネルの見学範囲は入り口から約八メートルの地点までで、内部に照明を設置する。周辺には被爆当時の状況などを紹介する説明板を置く。
十四日は被爆者や学識経験者ら委員が現地を視察。住吉町側からトンネルに入り、中の様子を確認した。
トンネルは魚雷などの武器製造工場として第二次世界大戦中の一九四四年から計六本が掘られた。原爆投下直後には、多くの被爆者が防空壕(ごう)代わりに逃げ込んだという。
公開方法をめぐっては、トンネルの保存と活用を考えてきた市民団体が常時内部を公開するよう市に要望した経緯がある。
2008年11月15日長崎新聞掲載
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