「死ぬ前に手帳を」在韓被爆者悲痛な叫び届く 鄭さん訴訟

 「全面勝訴です」−。長崎地裁から拳を挙げながら出てきた男性が叫んだ。十日、韓国人女性、鄭南壽(チョン・ナムスウ)さん(88)が起こした訴訟の判決。地裁前に集まった支援者らからは大きな拍手がわき上がった。

 鄭さんは骨折のため入院した韓国・釜山近郊の病院で療養生活を送る。現在は寝たきり状態だ。被爆したと認められるが来日できない人に交付される被爆確認証(現在は被爆時状況確認証)は取得したが、これでは被爆者援護法の施策は受けられない。同じ場所で被爆した長男、姜碩鐘(カン・ソクジュ)さん(69)は手帳を持つ。来日できたか否か、それだけの差が母子の明暗を分けた。

 証人として法廷に立ち、「死ぬ前に手帳を渡したい」と悲痛な胸中を吐露した姜さん。勝訴判決に「焦燥感にかられ、どうなるか不安だった。今日まで長く感じた。本当にうれしい。(母は)いつになったら手帳が出るのかとよく話していた。(早く)母に伝えたい」と顔を紅潮させながら喜びをかみしめた。

 裁判を支えてきた市民団体、在外被爆者支援連絡会の平野伸人共同代表(61)は「来日要件の撤廃という大きな闘いは被爆者援護法の改正という形で結実した」と、改正の動きにつながった今回の裁判の意義を強調。「(判決は)これまでの国や県の(被爆行政の)在り方、被爆者との向き合い方を問い直す大きな機会になる」と評価し、県に控訴断念を強く求めた。

 手帳取得の「来日要件」は撤廃されるが、現地での医療給付や介護手当の支給など、在外被爆者が求める国内被爆者と同等の援護とはなお隔たりもある。判決の傍聴に来日した韓国原爆被害者協会の許萬貞(ホ・マンジョン)釜山支部長(75)は「日本政府は国内の被爆者と同じように神経を使ってほしい」と話した。

在外被爆者をめぐる動き
 1974年3月 治療で日本に密航した韓国人、孫振斗さんの裁判で福岡地裁が手帳の受給資格を認定。78年、最高裁は「国家補償的配慮が制度の根底にあることは否定できない」。
 7月 旧厚生省が健康管理手当の受給権は国外に出たら喪失すると通達(402号通達)。
 2002年12月 大阪高裁は国外に出ても手当の受給資格を認める(確定)。
 03年3月 厚労省が402号通達を廃止。在外被爆者への手当支給開始。
 05年9月 福岡高裁が手当、葬祭料の海外からの申請を認める(確定)。
 07年2月 時効を理由に健康管理手当の未払い分を支給しないのは違法とブラジル在住の被爆者が訴えた裁判で、最高裁が広島県の上告棄却(確定)。402号通達の違法性も指摘。
 08年6月 手帳申請の「来日要件」を撤廃する改正被爆者援護法が成立。
 7月 来日要件をめぐる訴訟の判決で、広島地裁が「処分は来日要件の乱用で違法」と判断。
 9月 在韓被爆者の遺族による裁判で、広島高裁は来日要件による却下処分を違法と判断。
 11月10日 韓国人、鄭南壽さんの裁判で、長崎地裁が原告勝訴判決。

2008年11月11日長崎新聞掲載







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