NAGASAKI PEACE SITE

2007年 原爆・平和連載企画

硫黄島からの生還
=長崎・最後の証言者=
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運命
召集
“兄弟”
戦闘
食料
捕虜
原爆
決別
帰国

 昨秋から今春にかけ公開された二本の米映画「硫黄島からの手紙」と「父親たちの星条旗」により、硫黄島の戦いはにわかに脚光を浴びた。二万人を超える日本兵が戦死したこの島に、本県からも五百五十五人が出征し、十四人が死線をくぐり抜けたことはあまり知られていない。だが、戦後六十二年がたつうち生還者は次々と他界し、長崎市在住の深堀(旧姓・田川)正一郎(88)が本県最後の証言者となった。スクリーンの映像は、深堀の記憶を鮮明に呼び覚ましたという。 (報道部・堂下康一)





硫黄島からの生還
=長崎・最後の証言者=
<番外編>
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記憶
家族
再会

 太平洋戦争の激戦地・硫黄島の戦いを経験した深堀(旧姓・田川)正一郎さん(88)の証言を基にした本紙企画「硫黄島からの生還 長崎・最後の証言者」(八月十一日から九回連載)に、戦死者の遺族から反響があった。ハリウッド映画で注目を浴びた硫黄島だが、日米合わせて約二万九千人、うち二万一千九百人の日本兵がその島で息絶えたのは決してフィクションではない。死者それぞれに思いを寄せる人がいる。時は心の痛みを和らげてくれるが、その痕跡が消えることはない。番外編は遺族の思いを記す。(報道部・堂下康一)


寄 稿
=原爆は戦争を終わらせたか=
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保阪正康氏
土山秀夫氏
鳥居 民氏

 被爆地長崎は今夏、日米両政府の閣僚らの発言に大きく揺れた。太平洋戦争での米国の原爆投下について久間章生前防衛相は「しょうがない」と発言。被爆者の激しい怒りが収まらないうちに今度は米国のロバート・ジョゼフ核不拡散問題担当特使が「戦争を終わらせた」と述べ、原爆投下を正当化した。被爆から62年。記憶や体験の風化が現実味を帯びる中、このような発言が飛び出すことに被爆者の危機感は強い。本当に原爆は戦争を終わらせたのか。3人の識者に寄稿してもらった。





伝えたい
=戦後世代の「被爆」継承=
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質高め「知識」でつなぐ
被爆体験聞き思い共有
平和運動の転換点に
平和活動特別ではない
署名活動の力信じる

 長崎市の被爆者の平均年齢は七十四歳。原爆の実相を伝え、核兵器廃絶を訴えてきた中心的存在の高齢化が言われて久しい。そうした中で、被爆遺構などのガイド役の「平和案内人」、長崎の声を国連に届け続け、活動十年目を迎えた「高校生平和大使」のメンバーら戦後世代が継承に取り組んでいる。「伝えたい」。次世代へ、世界へ。長崎の思いをつなぐ人々に焦点を当て、被爆地の「今」を考える。


平和と暴力
=被爆62年・長崎=
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等しい命
宣言文
脱力感
運動

 伊藤一長前市長の射殺事件の後、被爆地長崎は、いや応なく「暴力」と向き合わされている。同時に、対極的な「平和」の意味についても問い直しを迫られている、と言えないか。被爆六十二年。足元の平和と、人類普遍のテーマである平和を立ち止まって考えてみる。(報道部・河野隆之)






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