NAGASAKI PEACE SITE

2006年 原爆・平和連載企画


北朝鮮 「核実験」の衝撃
=揺れる長崎=
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拡散に危機感
被爆地の憂い

 核実験を実施した―。九日の北朝鮮の発表は、一瞬にして北東アジア情勢に緊張をもたらし、朝鮮半島に近い本県にも衝撃が走った。被爆者、行政、平和運動関係者はどう受け止めたのか。緊急リポートする。(報道部・堂下康一)


「語り」の風景
=被爆61年をすぎて=
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意義
系譜
大同小異
共通の思い
言葉の代わり
新たな試み
聞き手

 米国の原爆投下から六十一年が過ぎ、県内被爆者の平均年齢は七十三歳を超えた。「体験を語り継がねば」という思いは強い。今年一月、長崎市の外郭団体「長崎平和推進協会」が継承部会員に政治的発言の自粛を求めた。波紋を広げ撤回されたが、被爆者の「語り」が問われるきっかけになった。なぜ語るのか、何を残そうとしているのか追った。(報道部・高比良由紀)





熱い骨
=祖母から孫へ=
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友を焼く
なぜ黙ってしまうのか
浦上川の惨状
長崎生活をつづる会
受け継いでいくもの

 長崎市の元教師、瀬戸口千枝さん=一九七四年死去、享年六十二歳=が五九年に出版した原爆体験記「女教師の原爆記 熱い骨」(B6判、二百部)が、孫の「祖母が残した記録を読んでみたい」という一言をきっかけに、遺族らの手によって今年七月、四十七年ぶりに復刻された。初版は、被爆前後の体験をまとめた「八月九日」「人間堤防」など八章で、復刻版はその後の著作を加えた百四十六ページ。戦後、瀬戸口さんは長崎の女性らでつくる「長崎生活をつづる会」にも参加。市井の「表現者」としてナガサキの歴史を記録し続けた瀬戸口さんの半生を振り返る。


国よ、償え
=原爆と東京大空襲=
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刺激
権利意識
戦争被害
被爆者の思い
銃後
系譜
政治判断

 大空襲をはじめとする東京の空襲犠牲者の遺族ら約百四十人が、国に「補償と謝罪」を求める裁判を起こす準備を進めている。「国家補償」は被爆者が戦後ずっと要求し続けてきたが、いまだ実現していない。戦後六十一年たった今、なぜ補償を求めるのか。そのためには何を乗り越えなければならないのか。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が八月十日に結成五十年を迎えるのを前に考えてみたい。


「彼」と「彼女」の平和考
=高校生1万人署名活動OB=
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署名携えジュネーブへ
世界の若者に伝えたい
世界の子どもに笑顔を
心の中で息づく思い
取り組みを将来の糧に

 「核兵器廃絶を求める署名にご協力をお願いします」―。休日の午後、長崎市中心部の鉄橋で一列に並ぶ若者たち。高校生一万人署名活動実行委のメンバーだ。集めた署名は、高校生平和大使が毎年、スイス・ジュネーブの国連欧州本部に届けている。いまや被爆地長崎の高校生は「平和運動の後継者」として全国の注目を集める。そんな彼らは卒業後どんな道を歩んでいるのか。平和への取り組みを続けているのか。実行委OBで関東の大学に進学した「彼」と、県内で社会人となった「彼女」を追った。(報道部・小槻憲吾)





被爆61年 語り部の思い
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吉山秀子さん
小峰秀孝さん
山脇佳朗さん
城臺美彌子さん
尾畑正勝さん
渡邉司さん
谷口恵美さん
松添博さん

 被爆から六十一年目の夏が巡ってくる。雨の日も、炎天下でも、高齢を押して県内外で子どもたちに被爆の実相を語り継ぐ人たちがいる。現在、長崎平和推進協会の継承部会に登録する「語り部」は三十八人。体や心に傷を負った被爆者たちだ。「なぜ語り継ぐのか」「子どもたちに何を望むのか」。語り部活動に懸けるそれぞれの思いを紹介する。(原爆取材班)


長崎原爆資料館10年
=歩みとこれから=
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存在意義
加害と被害
被爆資料
機能充実
使命

 核兵器廃絶を訴える被爆地長崎のシンボル的な施設「長崎原爆資料館」(長崎市平野町)が、開館から十年を迎えた。旧長崎国際文化会館時代と合わせ半世紀の間、原爆の実相を資料や写真、証言を通して伝えてきた。被爆者の高齢化による体験風化が危惧(きぐ)される中、同資料館の歩みを振り返り、今後、求められる役割を考える。(報道部・高比良由紀)






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