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一九七二年、中国・北京で日中共同声明が当時の田中、周両首相の間で調印された。これにより戦後長い間途絶えていた日本と中国の国交が樹立され、新しい歴史が動きだした。
中国とのつながりが深い本県でも両国の国交断絶に困っていた。戦争で中断した友情を回復しようと、全国に先駆け県友好訪中使節団の派遣などを計画。あの手この手の運動を繰り広げ、念願の国交回復で、同使節団派遣(同年十月二十五日出発)が実現した。
長崎華僑総会の〓雲登会長(75)は「当時は国交が回復した喜びでいっぱいだった。市民レベルの交流をさらに進めていくべきだ」と話した。
【編注】〓雲登会長(75)の〓は愈の心なし
【写真説明】日中国交正常化を伝える1972年9月30日付の長崎新聞
2005年9月25日長崎新聞掲載
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