広島に原爆投下 1945年8月6日

広島原爆のきのこ雲

あの日あの時
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 午前八時十五分、米軍のB29爆撃機「エノラゲイ」がウラニウム型原子爆弾(リトル・ボーイ)を広島市に投下、中区の島病院の上空約六百メートルでさく裂した。十四万人前後の市民らが亡くなった(同年十二月末現在)ほか、建物約四万八千戸が全壊・全焼した(四六年八月広島市調査)。原爆症は、六十年過ぎた現在も被爆者を苦しめる。

 胎内被爆者で広島平和記念資料館長の畑口實さん(59)は「原爆で一瞬にして広島の人だけでなく、歴史や文化が消えてしまった。原爆投下は絶対に許されず、二度と繰り返してはならない。資料館としても今後、展示物だけでなく、ホームページなどを通じ、永遠に次世代へ被爆の実相を伝えたい」と語る。

【写真説明】14万人前後の人命を奪った広島原爆のきのこ雲=1945年8月6日

2005年7月31日長崎新聞掲載

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