天安門事件 1989年6月4日

天安門事件を報じる長崎新聞

あの日あの時
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 民主化を要求して中国・北京の天安門広場に集まっていた学生や市民を中国人民解放軍が武力制圧。軍は広場や周辺の群衆に発砲し、大勢の人々が血を流す惨劇となった。

 中国当局は、民間人の死者を200人以上と発表したが、実際はこの数を上回るとされ、一説では約3000人が犠牲になったともいわれる。当局は「動乱を鎮圧した正義の行動」と正当化したが、欧米諸国は激しく非難し武器輸出禁止などの制裁を中国に加えた。

 中国近現代史に詳しい横山宏章北九州市立大大学院教授は「共産党独裁体制下、中国国民に政治的な自由を目指すエネルギーがあることが分かった一方で、この国が人権よりも国権を優先した現実を見せつけられた事件」と分析している。

【写真説明】天安門事件を報じる長崎新聞

2005年5月29日長崎新聞掲載

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