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長崎市が同市片淵町に開設した長崎原爆病院の完工式が、県立長崎東高体育館で行われた。関係者約五百人が出席。日赤名誉副総裁の高松宮妃からは「被爆者のお役に立てるため、行き届いた医療と健康管理を心から希望します」とのお言葉があった。
同病院は被爆者や県民の強い要望を受け、被爆者の医療センターとして五月二十日開設。病床数八十一床、診療科目八科の総合病院で被爆者の心のよりどころとなった。一九六九年四月、長崎市から日赤に移管され、八二年十二月に茂里町の現在地に移転した。
進藤和彦・現院長は「開設以来、被爆者の健康管理と治療に専念している。近年、患者の割合は一般の人が多くなってきた。地域医療、災害医療にも力を尽くしていきたい」と語った。
【写真説明】被爆者の医療センターとして開設したばかりの長崎原爆病院=1958年6月、長崎市片淵町
2005年5月22日長崎新聞掲載
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