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米国史上、唯一4選された第32代大統領フランクリン・ルーズベルト(在任1933―45年)は、原爆開発計画「マンハッタン計画」を推進。45年のヤルタ会談ではソ連のスターリンに対日参戦を要求するなど親ソ的立場を取った。
ルーズベルトは任期途中に脳卒中で死去。後任のトルーマンが日本への原爆投下を命令。その後、ソ連との対立(米ソ冷戦)が顕著となった。西島有厚・福岡大名誉教授は著書「原爆はなぜ投下されたか」で、「米ソ友好協力体制の方針が堅持されていたならば、おそらく原爆投下に至らないで対日戦争を終わらせることができたであろう」と指摘している。
【写真説明】ヤルタ会談に出席したルーズベルト(中)とスターリン(右)、チャーチル=1945年2月
2005年4月10日長崎新聞掲載
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