水爆開発命令 1950年1月31日

日本原水協の調査団

あの日あの時
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 1949年、ソ連の核実験実施で米国の原爆独占は崩れた。米大統領トルーマンは50年1月31日、水爆開発への決意を声明で示した。米国は52年から太平洋海域で水爆実験を繰り返し、新たな核被害者を生み出した。

 半世紀後、日本原水協の調査団がマーシャル諸島・ロンゲラップ島に入った。放射線測定器は自然界で浴びる1年分の線量を2時間で超えた。長崎から参加した片山明吉さん(67)は「マーシャルの住民の苦しみは今も続いている」と憤る。

 トルーマンは「原子力を間違った手に渡すと災禍をもたらし、正しい手にあれば力を発揮する」と信じた。米国は果たして、どちらだったのか。

【写真説明】マーシャル諸島を訪れた日本原水協の調査団=2001年1月
2005年1月30日長崎新聞掲載

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