NEWSあんぐる・どう保存? 県防空本部跡
保存対策が手付かずだった長崎市立山一丁目の被爆遺構「県防空本部跡(立山防空ごう)」の調査に県が七月から着手し、防空ごう内のコンクリートの劣化状態をみる健全度調査を続けている。長崎への原爆投下の第一報を国内に伝えた貴重な被爆遺構だけに、被爆者らは保存策の行方を注視している。
(報道部・高比良由紀)
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「現状損なわず、一般公開を」 原爆投下の一報打電
七月中旬、県の安全性調査に同行し、湿った空気が漂う防空ごうに足を踏み入れた。地面は地下水でぬかるむ。知事の執務室や無線室があった部屋はコンクリートの壁で仕切られている。壁から留め金が飛び出し、さびた配電盤の跡がくっきり残る。電球のソケットや空っぽの缶詰が転がり、往時の様子を物語る。調査担当の技術者は「思ったよりコンクリートは痛んでいない」と驚いた。
防空ごうは爆心地から二・七キロ、長崎公園の地下にある。E字形(一九四五年三月完成)と北側(建設時期不明)の二カ所。原爆投下直後、「広島の被害に比較して被害軽微」との第一報を当時の同盟通信社が打電した場所としても知られる。
被爆遺構の保存は、被爆者が高齢化する中、当時の惨状を被爆者に代わって後世に伝える重要な課題。だが、整備の方法によっては被爆者の思いを踏みにじる場合もある。
長崎市が二〇〇一年、旧山里国民学校防空ごう跡(同市橋口町)を保存整備した際、戦時中はなかったアーチ状のコンクリート枠を入り口に設置。被爆者から不満の声が上がったが、復元は宙に浮いたままだ。
長崎の被爆遺構を案内する有志の会の森口正彦代表(64)は立山防空ごうについて「被爆当時の息遣いを伝える唯一の大規模防空ごう。歴史を説明する表示を設け、見学可能な形で保存してほしい」とした上で、「山里での混乱も踏まえ、被爆者や市民の声も反映させて」と注文。立山地区で育った被爆者の末永浩さん(67)も「歴史文化博物館と連動し、被爆の実相を伝える教材として、現状を損なわないで公開してほしい」と提案する。
県防空本部跡は二〇〇五年度完成予定の歴史文化博物館に隣接、旧長崎ユースホステルの敷地に面する。ユースホステル跡地は同博物館内の「緑地」となる計画。県は八月末までに調査結果をまとめ、保存策の検討に入る。
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