20年を迎えた長崎平和推進協会
 ニュース探偵団

 一九四五年八月九日、長崎に原爆が投下され、何万人もの人たちが命を落とし、傷つきました。今もなお、多くの人が後遺症に苦しんでいます。そんな被爆地長崎に八三年、官民が一体となった平和組織「長崎平和推進協会」が設立されました。以来、国内外に平和に関する情報発信を続け、今年で二十年を迎えました。協会の活動内容や今後どのような平和の未来図を描くのか、考えてみました。
(報道部・高比良由紀)

被爆の実相 次世代へ 継承、国際交流が課題

 長崎平和推進協会が生まれた八〇年代初めは、どんな時代だったのでしょう。

 当時は、米国と旧ソ連が次々と新しい核兵器を造る「核軍拡競争」の時代と呼ばれていました。互いの核兵器がにらみ合う東西冷戦が続く中、被爆地長崎の国際的役割も高まりましたが、党派色やイデオロギーの違いが平和運動の障害になる場面もありました。

 そこで、当時の長崎市長の本島等さんや被爆医師として反戦反核運動をリードした秋月辰一郎さんらが「主義主張の違いを超えた市民レベルの平和組織をつくろう」と呼び掛けてできたのが、長崎平和推進協会です。

 協会は八三年二月、任意団体として出発。翌八四年四月に財団法人になりました。初代会長に本島さん、理事長には秋月さんが就任。以降、会長は長崎市長(現在は伊藤一長市長)が務め、二代目理事長は、長崎大医学部長や放射線影響研究所理事長などを歴任した長瀧重信さんが九六年から務めています。

 「小異はそのままにして、大同につこう(小さな違いは認め合い、大きな流れをつくろう)」。秋月さんが唱えた言葉は、今もなお語り継がれています。

 ■事業と運営方式

 協会の仕事は、平和に関する情報提供が中心です。会員向けに会報を発行したり、修学旅行生への被爆体験講話、原爆写真展、講演会、音楽会、外国語講座、ボランティア育成など幅広い活動に取り組んでいます。この活動は、継承、音楽、写真資料調査、国際交流の四部会の会員がボランティアで支えています。

 会員は年会費三千円の維持会員と、年会費一口一万円以上の賛助会員の二種類。発足当時九百六十人でしたが、現在は約千六百人となっています。

 ■20年 

 設立から二十年目に当たる今年、協会は次の世代に被爆の実相を伝える事業に力を入れます。

 「長崎原爆資料館をもっと知ってもらうため、資料館案内人を育てる。もう一つ、第二次世界大戦中の加害と被害について、韓国や中国などに、現地の若い世代と相互理解を深める平和の使者を派遣したい」。協会理事や評議員でつくる事業推進委員会の奥村英二委員長は、こう説明します。

 さらに、協会は今夏、長崎原爆資料館(平野町)横に開館する「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」の管理運営を国から委託されました。

 祈念館は、原爆で亡くなった人に哀悼の意を表し、原爆の惨禍に関する世界の人々の理解を深めるため、国が広島と長崎に建設しました。広島は昨年夏にオープンしており、長崎は「国際協力と交流」を中心に、被爆者医療などに関する資料を集約して、世界に発信します。

 ■課題と提言 

 官民一体で進める協会運営の在り方や活動方法について、協会内外の関係者から挙げられる課題も少なくありません。

 ▽会員数の伸び悩みと高齢化▽行政主導の行事中心▽長崎市から派遣される事務局幹部が数年ごとに異動し、事業に継続性がない―などがあります。

 協会事務局は「考え方が異なる平和団体の共通点を見いだし、支援することが理想。運動の底辺が広がらないのがジレンマ」と明かします。協会の組織・財務委員会の松本汎人委員長は「会員になって何をし、何を期待するのか見えない。今後求められるのは、既存の平和運動に入れない人の緩やかな受け皿になること」と言います。

 協会は今後、どのような道を歩むのでしょうか。二十年前と違い、若い世代の平和活動への関心が高まっています。協会が課題に挙げる「長崎が体験した被爆の継承」「協会の活動啓発」「国際交流」は、いずれも若い世代の力が重要です。協会がその受け皿となり得るか、その力量が問われそうです。




部会活動
 修学旅行生に体験講話/原爆写真の整理・検証


 長崎平和推進協会の活動は、会員がボランティアで参加している部会で支えられています。設立当初は8つの部会がありましたが、現在、4部会がさまざまな形で活動しています。

継承部会(和田耕一部会長、39人)  被爆体験を中心に、核兵器廃絶や平和に関する被爆地の取り組みを広く伝えています。長崎を訪れる修学旅行生向けの講話をはじめ、市民を対象にした年2回の碑巡りや離島を含む県内各地の公民館などでの「出前講座」などです。平均年齢72歳を超える被爆者が、修学旅行生に年間1000件以上の平和学習を行っています。

音楽部会(小笠原一弘部会長、約30人)  毎年夏の「長崎平和音楽祭」や国連軍縮週間(毎年10月24日から1週間)に開く「音楽のつどい」の企画、運営が主な活動。地元や国内外の有名な音楽家を招き、音楽を通して平和の尊さを訴えてます。

写真資料調査部会(深堀好敏部会長、9人)  長崎原爆資料館などに寄託された原爆被災写真の整理、検証作業を担当しています。米軍戦略爆撃調査団をはじめ、原爆投下直後の長崎を撮影した写真約3000点を所蔵。会員が毎月2回集まり、被写体をヒントに、撮影した日や場所、爆心地からの距離などを地道に調べています。「20世紀に人類が犯した罪の生き証人として写真を後世に残し、真実を伝えることが私たちの使命です」(深堀部会長)。

国際交流部会(吉田睦子部会長、約10人)  長崎を訪れる外国人や平和団体との交流の窓口です。外国人に被爆の実相を伝えるガイド、海外出版物や資料文書の翻訳などが主な活動。毎月1回、長崎在住の外国人を交えた「交流の夕べ」を開き、長崎での暮らしぶりや母国の様子を語り合い、日本と海外の距離を縮める貴重な場となっています。








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