NAGASAKI PEACE SITE

57回目の長崎原爆の日 小中高校で集会や慰霊祭

被爆地の思い つないでいこう未来へ

 五十七年前の原爆犠牲者を癒やす献水、追悼の折り鶴、夏空に響く平和宣言―。長崎原爆の日の九日、長崎市内の爆心地周辺の小、中、高校で平和集会があり、次代を担う児童・生徒は原爆犠牲者を悼み、戦争のない世界への願いを新たにした。
平和宣言文を読み上げる生徒たち=長崎市片淵2丁目、片淵中

 城 山 小
児童全員で「平和への発信」

「嘉代子桜」の下で黙とう


 爆心地に近く、多くの児童や教員が犠牲になった長崎市城山町の城山小学校(前波政昭校長、四百三十三人)では「平和祈念式」があり、児童全員で「平和への発信」を発表した。被爆から七年後の一九五二年、被爆児童を中心に同校に編成された「原爆学級」のクラスメート四人も、卒業後四十五年ぶりにそろって校門をくぐった。

 式典は三部構成。一部は学級ごとに決めた「平和の願い」を代表者が発表。二部は学年ごとに原爆関連の紙芝居やビデオを鑑賞した。

 午前十一時二分。学徒動員され、同校で働いて爆死した女学生の名を付けた「嘉代子桜」の下に全校児童が集まり黙とう。全員で「平和は城山から」と力強く訴え、犠牲者のめい福を祈った。同校は毎月九日前後に平和学習を続けており、今回で六百十三回目となった。

 胎内被爆のため原爆学級に入った中野陽子さん(56)=福岡県福間町=は「私は原爆を直接体験したわけではなく『語り部』にはなれない。しかし、平和のために何かできないかと今考えている」と話した。

 山 里 小
思い込め「あの子らの碑」に献水

花束ささげ悼む


 原爆で在校児童の八割の約千三百人が犠牲となった長崎市橋口町の山里小学校(沖田國正校長、五百八十人)は、平和祈念集会で平和の尊さをかみしめた。

 児童たちは、語り部活動に取り組む被爆者の永野悦子さん(73)=同市扇町=から原爆で弟妹らを失った悲しくむごい体験を聞いた後、校舎前庭の「あの子らの丘」で平和の集いをした。

 同校近くの如己堂で闘病、「長崎の鐘」などを記した永井隆博士ゆかりの「あの子らの碑」に向け、沖田校長と深堀隆君(六年)、宮司梨衣さん(五年)の三人が献水し、学級代表の児童や一般参列の大分県竹田市と直入郡の児童らが折り鶴と花束をささげ、原爆犠牲者を慰めた。

 全校児童で「平和を守り続ける」と高らかに平和を誓い、手作りのピースキャンドルに平和の火をともした。原爆投下の午前十一時二分には、平和の鐘の鳴り響く中、黙とう。小さな手を合わせて追悼した。

 児童代表の谷渡睦さん(五年)は「私たちにできる平和」と題する作文を朗読。「他人を思いやる気持ちを持ち、身近な口げんかやいじめをなくし、困っている人にすぐに手を差し伸べる」と誓った。

 銭 座 小
「高校生平和大使」から体験談

校区内の慰霊塔などで焼香


 長崎市銭座町の銭座小学校(永間逸男校長、百五十三人)では平和祈念集会があり、国連を訪ねて被爆地の願いを伝えている「高校生平和大使」の体験談に児童が聞き入った。

 二部構成の集会の第一部に、昨年、同大使を務めた九州大法学部一年の堤千佐子さん(19)、県立長崎北陽台高三年の野副由布子さん(18)が参加。野副さんは県内の高校生と協力して取り組んだ「高校生一万人署名」や米中枢同時テロ後のアフガン支援活動を紹介。堤さんは「平和に対して何ができるのか考えてほしい」とメッセージを送った。

 この後、児童は校区内の原爆犠牲者慰霊塔や無縁仏などを訪れ、千羽鶴をささげ、焼香した。

 第二部は校庭の「はばたけ子どもらの像」前で再開し、「青い空は」を全員で合唱、児童代表が「原爆はもう落とさないでほしい」「平和な暮らしがいい」と発表。最後に「平和を育てるのは私たち。地球上から戦の火が消えて悲しい子どもたちがいなくなるように、国と国が手をつなぎあって平和を願う心を育てていきます」と平和の誓いを読み上げた。

 桜 町 小
投下時の惨状学ぶ

全校児童が声をそろえて「誓い」


 長崎市興善町の桜町小学校(磯田隆司校長、三百七十六人)は、体育館で平和祈念集会を開き、平和学習の発表や「平和への誓い」の唱和などを通じ、思いを新たにした。

 総合学習を利用し、平和学習に取り組んだ五年生六十四人は、長崎原爆資料館などで学んだ原爆投下時の惨状や各国の核兵器保有状況、核兵器の威力などを紹介。「平和で戦争のない世界をつくりたい。戦争をしている国は早くやめてほしい」と訴えた。

 全校児童が声をそろえ、「誓い」として平和の尊さを呼び掛けた後、代表が折り鶴をささげ、犠牲者を追悼した。

 諏 訪 小
ピースキャンドル 祈りの灯をともす

クラスごとにスローガン


 長崎市諏訪町の諏訪小学校(村上勲校長、三百七十七人)は平和祈念集会を開き、全校児童が恒久平和に向け行動する気持ちを新たにした。

 集会では村上校長が「世界中が仲良しなら戦争は起きない。皆さんはどうしたら仲良くなれるかを考えてほしい」と呼び掛けた。

 児童代表二人が長崎原爆資料館の見学や被爆者の戦争体験などで学んだ成果を報告。児童たちは手作りのピースキャンドルに点灯し、犠牲者に黙とうをささげた。

 各クラスごとに「平和のとびらをひらくのは今から生きる私たち」などのスローガンを発表。山下大貴君(10)=五年=が「被爆した人たちの声を心に残しながら生きることがぼくたちの役目」と述べ、集会を締めくくった。

 坂 本 小
被爆遺構を巡り 絵や作文で発表

6年生はユニセフに寄付


 爆心地に近く、多くの被爆遺構に囲まれた長崎市坂本三丁目の坂本小学校(金森徹也校長、二百四十四人)は、図書室で平和祈念集会を開き、「平和は坂本から」をテーマに取り組んでいる平和学習の成果を発表した。

 世界平和の実現のために自らできることを考えようと、被爆者の話を聞いたり、学校周辺の被爆遺構を巡る「ふれあい平和ウオークラリー」を実施。その感想を各学年がまとめ、絵や作文にして発表した。

 六年生は、文房具などを持ち寄って開いたバザーの収益約一万円を国連児童基金(ユニセフ)に寄付したことを報告。「平和とは、戦争やけんかがない世界。一人ではできないこともみんなならできる」と声をそろえて「平和宣言」を読み上げた。

 片 淵 中
「だれも生をうばってはいけない」

平和希求の詩 披露


 「だれもが平和を願うから、だれもが平和を望むから、きずいて行こう、『平和』の2文字」―。長崎市片淵二丁目の片淵中学校(作本耕一校長、三百三十四人)は、同校で平和祈念集会を開き、「平和希求の詩」を作詞した生徒が朗読した。

 全校生徒の作品の中から、最優秀賞に選ばれた加藤ゆり子さん(13)=一年=の「生」。「私の生は、私の物。あなたの生は、あなたの物。どんなにえらくても、どんなに強くても、だれも生をうばってはいけない」と命の貴さを訴え、「争いは、悲しみしかうまないが、平和は人を幸せにする」と平和への思いを込めた。

 作本校長は、世界中で繰り広げられる核開発などに触れ、「やられたらやり返す―ではいつまでたっても平和は訪れない。大切なのは一人ひとりが掛け替えのない存在であることを認めること。長崎から平和をつくり、原爆の悲惨さを語り継いでいきましょう」と生徒たちに呼び掛けた。

 集会では池山尚吾君(15)=三年=が全校生徒を代表し、「思いやりのある学校づくりに努め、一人ひとりの力で平和を築いていくことを誓います」などとする平和宣言文を読み上げた。


 活 水 中 ・ 高
心に響くメッセージ

絵本「あの夏の日」を朗読


 長崎市宝栄町の活水中学・高校(蓮田圭四郎校長、八百四十一人)は、生徒会が中心になった平和祈念集会を開催。平和学習部の松浦朱李さん(17)と山本真悠子さん(17)が絵本作家の葉祥明さん作の絵本「あの夏の日」を朗読劇として発表した。

 あの夏の日は、長崎原爆の実相や核兵器廃絶の願いを子どもたちに伝えるため長崎市が作製を依頼。原爆が多くの人命や夢を奪ったことを美しい絵と分かりやすい文章で表現している。

 朗読を終えた山本さんは「自分は戦争も原爆も経験していないが、聞いている人の心に伝わるよう感情を込めて読んだ。絵本にある『戦争は相手への憎しみや争いの心から起こる。しかし、人は同時に愛する心、信じる心をもっている』というメッセージが心に残った」と話した。

 朗読劇の後、各学年の代表六人が平和をテーマに意見発表。原爆投下の午前十一時二分、全員で黙とうし犠牲者のめい福を祈った。

 長 崎 西 高
「重いはずの命 あの日は何よりも軽かった」

平和題材に詩や短歌も


 「強烈な爆風。灼熱(しゃくねつ)の業火。放射能。何よりも重いはずの命が、あの日は、何よりも軽かった」―。長崎市竹の久保町の長崎西高校(中嶋将晴校長、千百十八人)は体育館で平和学習会を開き、生徒たちが平和へのメッセージなどを発表した。

 同校では、一年生は平和学習ビデオの感想文、二年生は平和への五十字メッセージ、三年生は被爆遺構めぐりを題材にした詩や短歌などを一学期に作った。学習会では学年ごとに選んだ優秀作品を紹介した。

 爆心地から約八百メートルの同校には被爆当時、前身の旧制県立瓊浦中があり、教職員、生徒計四百三人が犠牲になった。学習会には同中同窓会の約九十人も出席し、生徒たちの発表を見守った。

 学習会終了後、同窓会のメンバーは校庭の「不撓不屈」の碑の前で慰霊祭を行い、西高の生徒会役員や教員らと献花した。

 純 心 中 ・ 高
願いを込めて追悼の賛美歌

「慈悲の聖母」前で墓前祭


 私たちの祈りを聞き入れてください―。長崎市文教町の純心女子高校・純心中学校(山野アヤ子校長、千二百五十二人)は慰霊ミサと墓前祭を行い、追悼の賛美歌が聖堂に響いた。

 ミサには高校三年生と遺族ら約三百五十人が参列。生徒代表が「過去を受け止め、世界が一つになり、笑顔を絶やさず生活できるよう祈りましょう」と述べた後、神父とともに聖書を朗読。オルガンの音色に乗せて、全員で賛美歌を歌った。

 墓前祭はカノコユリに彩られた校墓「慈悲の聖母」前であり、生徒らは永井隆博士作詞の「燔祭(はんさい)のうた」を合唱。山野校長は「世界平和のために祈り続けることを誓う」と慰霊の言葉を述べた。

 山 里 中
被爆体験語り継ごう

平和宣言文を拍手で採択


 長崎市高尾町の山里中学校(峯脇成彬校長、六百四人)では、一学期の総合学習の時間で平和についてまとめたことなどを発表する平和祈念集会が開かれた。

 一年生は長崎に投下された原爆の種類や永井隆博士、被爆者について調べたことをパソコンを使って発表。二年生はクラスごとの平和部の代表が被爆者や広島の小学校との交流を振り返り、「被爆体験の継承が大切」と感想を話した。三年生は有志が絵本「あの夏の日」を平和への祈りを込めて朗読した。

 生徒会長の吉谷浩希君(15)=三年=が「被爆者から体験を聞き、語り継いでいく努力をすることが長崎に住む僕たちの役目」とする平和宣言文を読み上げ、全校生徒が拍手で採択した。

 最後に全員で「青い空は」を歌い、平和への思いを新たにした。

 長 崎 商 高
いじめや差別の根絶を

平和宣言で力強く誓う  


 原爆で教師と生徒計百七十四人が犠牲になった長崎市泉町の長崎商業高校(松本功校長、九百四十八人)では、生徒がつくった平和宣言でいじめや差別の根絶を誓った。

 高尾綾子・生徒会長は平和宣言で「私たちの周りにはいじめや差別問題が絶えない。戦争の種ともなるそのような問題を学校から追放する」と力強く発表した。

 吹奏楽部は原爆の犠牲者に「自由の大地」などを追悼演奏し、放送部が被爆者の詩を朗読。全員で「青い空は」を合唱した。生徒らは校内にある慰霊碑に献花、黙とうで犠牲者を追悼した。

 校舎内には全生徒が平和への願いをつづった折り紙で作った折り鶴も展示。戦争の悲惨さ、平和の尊さを訴えた。

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