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高嶋進さん(71)
(長崎市鍛冶屋町)

この世ではなかった


 爆心地から約三キロ離れた長崎市八坂町(現在の鍛冶屋町)の自宅軒下で被爆した。

 ものすごい閃光(せんこう)と爆発音で、好天の白昼というのに一瞬暗闇になり、部屋の奥に逃げ込んだ。母の呼ぶ声でわれに返り、防空ごうに向かった。

 途中で出会った年配の男性は、上半身裸でぺらぺらと皮がはげ落ち、サーモンピンク色の痛々しい肌で、「新地の川で荷揚げをしていた」と言っていた。それから数日間の市内の様子は、母親にすがって泣く幼児、声をからし肉親を呼ぶ人々。この世のありさまではなかった。

 昨年の米中枢同時テロでは五千人以上が亡くなったが、原爆による長崎の犠牲者はその十倍以上。大量殺人を受けた憤りは今も消えない。戦争をこの世からなくすまで「ノーモアヒロシマ、ピースフロームナガサキ」を叫び続ける。(報道部・山口栄治)
(2002年7月26日掲載)



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