
| 平島港 (西彼崎戸町) |

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昔は捕鯨の基地にも 崎戸本島の西31.5キロの五島灘に浮かぶ平島。五島列島に近く、有川町友住は目と鼻の先にある。むき出しの巨岩がそそり立ち、荒波の打ち寄せる海岸線は断がいを形成している。島の南側に平島港がある。 農、漁業のほか目立った産業は育たなかったが、江戸時代には五島灘を行き来する鯨を追って「鯨組」がこの島にも進出。17世紀前半から19世紀半ばまで度々、港は捕鯨の基地になった。 明治時代以前から砥石(といし)の産地としても知られた島。戦後はパルプストーンが産出、平島港から運び出された。だが、従業員80人以上を数えた石材工場も昭和47年に閉鎖。崎戸町の炭鉱隆盛に先立ち、19世紀初頭には石炭採掘が始まったが、島を大きく潤すには至らなかった。 平島港から有川町友住港まではチャーター船で7、8分の距離だが、一度五島灘が荒れると交通はストップ。「昭和49年ごろの台風で、島は一週間孤立。店の商品もコメもなくなってしまった」と同島在住の町議、林鉄男さんは言う。 平島港では防波堤の建設など港湾整備が進み、来年2月には島民待望のフェリーが就航する。現在、小型船も合わせて約100隻の漁船が同港を利用。島の沿岸でいそ建て網などが盛ん。水揚げされた漁獲物は鮮魚船で佐世保市へ出荷する。 明治7年に開校、昨年創立120周年を迎えた平島小学校。卒業生は2千数百人。その多くが港から異郷の地へと船出した。林さんは「沖縄県から北海道まで全国各地に散らばっている」と話す。同港は、新たな人生を見送る港でもある。 |
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