18
   崎戸港   (西彼崎戸町)    


期待を集める大橋架設
 石炭の積み出し港として華やかな時代があった崎戸港。炭鉱閉山後は活気を失ったが、上五島と本土を結ぶ接点として今、新たな機能が期待されている。
 平成12年に完成予定の大島大橋(仮称)。大島、崎戸両町を本土と結ぶ同大橋は、上五島と本土を結ぶ機能もあるとされる。五島に最も近い本土の港になる崎戸港に上五島を吸収しようというわけだ。構想の一つとして浮上しているのが、活魚などを集荷する水産物の物流センター。同町では「港を使った町の活性化を考えたい」と検討中。
 歴史をさかのぼれば、寛永7年(1630)、崎戸に産業として捕鯨が登場。鯨組が進出し旧大村藩の捕鯨基地として栄えた。その盛況ぶりは嘉喜浦郷村記にも記されている。明治に入って、石炭の発見。同40年、九州炭坑汽船株式会社が初めて企業ペースで本格的に採掘開始。石炭の積み出し港として活躍。さらに昭和15年、三菱鉱業が同社を合併、出炭量を伸ばした。人口も増え、海岸沿いに炭鉱マン、船員、商人らの旅館などが軒を連ねた。夜遅くまで宴席の音が聞こえたという。
 だが、黒ダイヤは永遠ではなかった。昭和43年炭鉱閉山に伴って石炭積み出し港の歴史にピリオドを打った。昭和31年から操業を始めた崎戸製塩株式会社の塩が現在、積み出される。また五島有川町友住港から平島、江島、崎戸島、佐世保市へ航行する貨客船が寄港する。
 華やかな時代から一転、静かな時を過ごしてきた崎戸港。大橋架設によって、港はどう変化を遂げるのか、注目される。

  メ   モ  
 懐深く切れ込んだ港内は昔から、風の影響を受けないことから避難港として利用された。町役場対岸の丘に石炭全盛時をしのばせるアパートなどが今も残る。佐世保市への貨客船はあるが、利用客は少ないという。本土地区へは大島町馬込から便数の多いフェリーを利用、西海町太田和に渡る住民が多い。

文化百選みなと編/長崎・西彼へ戻る