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   肥前大島港   (西彼大島町)    


閉山後、進む整備事業
 西彼大島町と本土を結ぶフェリーの発着場としてにぎわう。佐世保市へは第一桟橋、対岸の西海町へは第二桟橋を利用する。一方、本土から大島造船所へ通勤するサラリーマン、県立大崎高校への通学客も多い。
 昭和63年1月、港域拡大に伴って馬込(まごめ)港から肥前大島港に名称変更された。馬込は大村藩が16世紀、島内に創設した軍用馬の放牧場から島外へ馬を積み出す前に集め込んだ場所だったことに由来するという。本格的な港湾整備は同10年に開設された松島炭鉱大島鉱業所の本格操業に伴って進んだ。
 同45年の閉山まで、日本経済を支える石炭の積み出し港としてフル回転。黒ダイヤが尽き、閉山後は島を離れる人々を送り出した。同48年に海底水道が敷設されるまで住民の生活用水を供給する西海町から水船も通った。
 現在の港周辺は、カラフルな三角屋根などの建物が立ち並ぶ。既設公営住宅景観改善事業で中世のヨーロッパをイメージさせるデザインに建て替わった公営住宅。大島町漁協の跡地はポートパーク整備事業としてイベント広場、観光物産センターなどリゾート地にふさわしい表玄関として急ピッチで整備が進む。
 フェリー発着場近くで美容院を経営する大島町商工会婦人部長の田口昭子さんは「炭鉱があったころは港近くをトロッコが走っていた。石炭の黒の中で生活していた感じ。それが今や建物もきれいになって、時代の移り変わりを感じる」と感慨深げ。「町の表玄関をよごさないようごみ、空き缶の散らかしに注意している」と話す。

  メ   モ  
 島の北東に当たる黒瀬から寺島全島、大釜海水浴場、南の野田まで大島町の東側海岸線をすっぽり含む地方港湾。桜の名所として知られる百合岳(標高194メートル)は港から近い。第二桟橋近くには、県事業による荷揚げ場も完備。朝夕の桟橋付近は対岸から渡ってくる大島造船所、県立大崎高校などへの通勤、通学客らでにぎわう。

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