
| 神浦港 (西彼外海町) |

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“陸の孤島”も今は昔 角力灘の波が打ち寄せる西彼杵半島西部に神浦港がある。同半島で2番目の流域面積を誇る神浦川の河口に開かれた同港。外海路の国道202号が整備される以前“陸の孤島”とも呼ばれた西彼外海町の海の玄関口だった。 半島の山々が海まで迫り平地の少ない同町。神浦でも古くからほとんどの住民は、半農半漁で暮らしてきた。一本釣りでタイ、ブリなどが水揚げされ、イワシ網漁で浜に煮干しの製造場が並んだ。また遠く対馬沖合などにイカ釣りに出かける船も。昭和30年代のピーク時、神浦漁協の組合員は約200人に上った。 だが、漁民らを悩ませたのが港の整備の遅れ。河口のわずかな入り江に漁船はつながれたが、浜の大小の石が所狭しと並び、潮が引くと船の出入りは不可能に。強い南風が吹くと港に安心して漁船を係留することもできなかった。 長崎、佐世保方面へ結ぶ定期客船も沖合に停泊。乗客は艀(はしけ)で港へと向かった。「大潮の干潮時など水深は2、30センチになり船の出入りはできず、沖で潮が満ちるのを待って入港するなど不便だった」。同漁協の馬場倉喜組合長が振り返る。 そんな港も防波堤の建設や港内のしゅんせつが順次進み、同50年代初めまでにようやく整備を終え、フェリーも就航できるようになった。県内で唯一の“ヤマ”となった炭鉱の島、池島と人、物資が行き来する。 現在、同漁協の組合員は往時の三分の一程度の75人に。一本釣りやいそ建て網でブリ、タイ、イセエビを水揚げしているが、漁獲量も減少傾向。ここでも組合員の高齢化、後継者不足の波が打ち寄せている。 |
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