
| 時津港 (西彼時津町) |

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哀史秘める交通の要衝 大村湾内でも古い歴史と悲しい史実を持つ港。かつては江戸と天領の地・長崎を結ぶ時津街道の宿場町として栄えた。時津と対岸の彼杵を海路でつなぐ海上交通の要衝でもあった。 慶長元年(1596)、豊臣秀吉の禁教令によって京、大阪などで捕らえられたキリスト教の宣教師や信者ら26人が、処刑場となった西坂の丘(長崎)に送られた際、海路時津に上陸したことでも知られる。 沖合には二十六聖人殉教から20年後の元和3年(1617)、大村で捕らえられた外国人宣教師らが処刑された殉教の島・鷹島がひっそりと今も昔の姿をとどめている。 現在の港は、昭和30年ごろから始まった港湾埋め立てで、大型工業団地の造成が進み、当時の姿をしのぶべくもない。湾内の漁業基地、避難港として4カ所の船だまりが整備され、周辺にはガス会社や三菱電機の工場群が立ち並び、近代的な港に一変した。 港の広さは300ヘクタールあり、港内航路の延長は2100メートル、幅100メートル。水深5〜12メートルと浅く、生活廃水の流入で汚染が進んでいるのが悩み。 国道206号わきの船着き場は、町独自の環境整備事業で美しく変身。港と長崎空港を約20分で結ぶ高速艇が就航し、今も昔と変わらぬ海上交通の要衝となっている。国道端にあった「二十六聖人上陸の地」の碑も、整備を機に船着き場の一角に移設建立された。 港内はヨットハーバーなどの施設も多く、波静かな大村湾を背景に海洋レジャー基地としても人気を集めている。夏に繰り広げられる伝統行事ペーロンはこの町の風物詩ともなっている。 |
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JR長崎駅から車で約20分。 |