
| 野母港 (西彼野母崎町) |

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漁業栄える静かな入り江 長崎半島の最先端に位置する西彼野母崎町。漁業を基幹産業とする同町は町内4地区に5ヵ所の漁港を有している。中心になっているのが第三種漁港に指定されている野母港。 港口部の水路は幅約40メートルと狭いが、そこを抜けると南北に約1キロ、袋状の周囲約3キロの入り江が小高い山に囲まれて広がり、池のように波静か。数年前まで、台風時には町内外の避難船数百隻がひしめき合うことが多かった。 同漁港は約1300年前の和銅年間、紀州(現在の和歌山県地方)の2組の漁師夫婦が漂着、住み着いたのがルーツとされ、毎年8月の盆行事になっている古風で優雅な「野母浦まつり」が当時をしのばせ、県の無形文化財に指定されている。 広さ約100ヘクタールの港を囲むように県水産試験場の増養殖研究所、長大水産学部の実験所、漁協支所の各施設、水産加工場などが並び、それらに交じって集落が連なっている。約250世帯の漁業者が主に一本釣り、定置網、いそ建て網漁などで生計を立てている。 昭和30年代の漁業全盛期には、中型まき網船団30数統が基地として操業しイワシ景気に沸き、やみ上り(月夜間休漁)の勘定には”尺祝い”(重ねた札束の厚さ)をする光景も珍しくなかったという。 一方、忘れてならないのはレーシングカヌー発祥地としての野母港。44年の長崎国体に初登場したカヌー競技は同港コースで開催。以来、県内の公式競技はすべてここで開かれ、その間、育った選手の中にはオリンピックや国際大会に出場を果たした人も。今ではカヌーの”メッカ”として知られている。 |
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