
| 青方港 (五島上五島町) |

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漁業で繁栄、石油備蓄も 青方港は古く「合蚕田之浦」といわれ肥前風土記、続日本紀に遣唐使船の風待ち港として寄港したと記されている。 中世約400年にわたり地頭青方氏がこの地方を治めた。このときの古文書「青方文書」によれば網漁業が行われ、カツオ、シビ、イルカ網などがあり、地引き網や敷き網をしたといわれ漁場争いも起きている。 江戸期になると紀州から新しい漁法を持つ漁師が五島にやってくるようになり発達。また天然の地形から避難港の性格を持ち、船の出入りを監視した船見番所跡も残っている。 青方の漁業は小型定置網がイサキ、イカなど。このほか、マダイの養殖や一本釣り。ヘルメット式潜水業が19業者いて、アワビ、サザエ漁を営んでいる。祖父の代から潜水業をしている上五島漁協組合長の近藤守さんは「計画的に作り育て捕らなくては」と安定した漁業経営を目指す。湾内では10年ほど前から、タイ、イサキを放流して育てている。 また同港は大型まき網船団の基地として整備されてきた。遠く台湾近海まで行き操業。主にアジ、サバを持ち帰る。 昭和40年代のオイルショックで原油備蓄が検討され昭和53年、世界初の浮遊式海洋構造物による洋上石油備蓄システム計画が発表。青方港沖に浮かぶ折島と柏島を防波堤で結び、貯蔵船(1隻の貯蔵量約88万キロリットル)を5隻並列して配置、各貯蔵船を防油堤で取り囲んでいる。 昭和63年に完成し平成元年オイルインを終了、原油342キロリットル(国内消費量の6日分)を備蓄している。 |
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同港の相河地区では増大する貨物に対応してふ頭を整備。福江〜博多航路の定期フェリー乗り場も建設。福江まで約2時間半、博多まで6時間で結んでいる。 |